永遠
「トワって、なんだよ」
そんなに興味があるわけではないが、質問の始まりとしては丁度いい。
「あはっ。いい名前でしょ? むげんに合わせてみたの」
「合わせる?」
「無限と、永遠。お似合いだよね」
「……はあ」
まあ、偽名なんてその程度の理由がちょうどいいか。だが、どちらかというと、世界の名に繋がりがあると思う。
永遠の世界。それは、こいつの隠れた願望が現れている。
どれだけ長く存在しても、いつまでも終わりたくないのだろう。
「なぜ、また現れたんだ?」
「心外だなあ、体がよくなったから顔を出したんだよ。あたしがいないと、むげんはすぐに危ない目にあうんだから。今度はちゃんと、守ってあげるね!」
余計なお世話にも、程がある。
危険へのリスクも、冒険の楽しさも。全員が平等だから楽しいのに。特別扱いは、萎えてしまう。
「何もするなよ、邪魔だから」
「う~ん。約束してあげてもいいけど、どうせ破るよ。むげんが危なくなったら、絶対に動くからね。それは、あたしだけじゃないと思うけど?」
その通りだが、程度の問題だ。
ぼくの楽しみさえ奪わなければ、目をつぶろう。
「……やれやれ。本当に、ぼくには自由がない」
「愛されているからね、人気者の宿命だよ。むげんが傷ついたら、みんなが悲しむんだよ。もし死んじゃったら、この世界は終わるんじゃないかなあ」
トワは楽しそうに笑っているが、本当に嫌な話だ。
絶対にないとも言い切れない。こいつを頂点に、個人のわがままで世界を滅ぼせる奴が多いから。
ぼくは個人の意思が大事で、たった一人のせいで世界が滅びるのはアリだと思っている。
それが自由と言うことだから。でもその原因がぼくだと言うなら、大いに不満なのだ。
「自分で世界を滅ぼすならともかく、自分が原因で世界が滅びるなんて嫌だな」
「なら、滅ぼしてみる? ……でもね」
笑顔を消して、トワはぼくを見た。
「これは世界で唯一、むげんだけが知っている事実だけどね」
「……」
「世界を滅ぼすってことは、あたしを殺すって意味だから」
その通りだ、疑いの余地もない。
「あたしは、むげんになら殺されても構わない。むしろ、一番幸せな終わり方だと思えるかもしれない」
普通の人間には、物を壊すような行いであっても。ぼくから見たら、命を殺す行いだ。
その違いは、大きいと思えた。
「それを忘れないで。世界を傷つけるってことは、あたしを傷つけるってことで。世界が壊れるってことは、あたしが壊れるって意味なんだからね」
「ああ、覚えておくよ」
覚えていられるうちは覚えておこう。どうせ、すぐに忘れるが。
まったく。本当にぼくは、普通とは違う価値観の中で生きる必要があるらしい。
「もっと、何も気にしないで生きていたいのに」
目の前の生命が、この世界そのものなんて実感できない。
道を歩くことが、世界の上を歩いているなんて思わないし。傷つけると分かっていたって、邪魔なものは壊す。
スケールが大きすぎて、細かくは気にしていられないよ。深く考えると、生きる事すら窮屈だ。
「それはもういいや。違う話をしよう」
この話はきれいさっぱりと、忘れることにする。
いつか世界を滅ぼす日が来たら、一瞬だけ思い出して戸惑うことにしよう。
そんな日は、こないかもしれないが……。
「気になっていたことがある。体は、大丈夫なのか?」
「からだ?」
とぼけているのか、忘れているのか。
「無理しているだろう。少し、辛そうだ」
そもそも、顔色が良くない。
少しふらついているようだし、ぼくとの会話で辛さを忘れようとしているみたいだ。
「あはっ。大丈夫だよ、ちゃんと回復したからむげんに会いに来たんだよ」
「そして、また辛くなったんだろう?」
この場にいるのは、ぼくだけじゃない。
人間の傍にいるのが苦しいのなら、あいつらの傍にいることも苦しいだろう。
「……まあね、この体は深度が低いし。細胞たちの近くにいるのは、気分が悪くなるかな」
「もう帰れよ。その体だって、そろそろ戻してあげないと」
三日も拘束しているんだ。家族が心配しているのでは。
「なんで細胞如きに、気を遣わなければならないの? あたしに使われているんだから、潰されたって感謝するものだよね?」
暴論を語っているが、的外れでもない。最高存在に使われているのだから、喜ぶ人間もいるだろう。
だが、何も知らなければ喜ぶこともない。
「このダンジョンから出たら、ちゃんと返してあげるよ。今はまだ、帰らないからね」
「わかったよ、でも大事にするように。そして、綺麗にして返すようにな」
ものは大切にしないといけないのに。わかってないようだな、こいつは。
勝手に借りているんだから、汚したり傷つけたりしてはいけない。たとえ根本的な所有権が、セカイにあるとしてもだ。
「とにかく、中身はまだ大丈夫だな?」
「うん、いざとなったら頼むよ。初めての冒険なんだ、最後までむげんと楽しみたいからね」
そうだな、ずっと寂しがっていたセカイの初めての冒険だ。
出来る事なら、最後まで楽しむべきだろう。
この世界に、生物に。なにより、自分自身に絶望しないために。
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