消滅

 


 興味深い、いや面白いものだなあ。


「……。なにかな?」


 少し前を歩いている、トワの姿が少しづつ小さくなっている。


 簡単に分かるほどのペースだ。出会ったときと比べて、半分以下の身長になったみたい。


 これ以上小さくなったら、歩くことも難しくなるだろう。その時にはぼくが背負うと思うと、少し憂鬱だ。


「あはっ。あったよ、むげん」


 そんなことを考えていると、トワが何かを見つけたらしい。指さす場所に視線をやると、そこには不自然に落ちている洋服の山。


「ゼロになっちゃったね」


 嘆くようなトワの言葉、繁栄の終わりは赤子ではなく、消滅だったな。


「まだわからないぞ、違う人間の服かもしれない」

「それはないでしょ、三人が来ていた服だよね」


 そうだったかな、一々覚えてはいないけど。とはいえ、ぼくにもわかりやすい証拠が、見つかるわけでもない。


 トワを信じて、奴らの冥福を祈ることにする。


「じゃあな、また来世で会おう」


 洋服を置き去りにすることで、墓代わりにするか悩んでいると、呆れたような言葉が飛んでくる。


「……あのね。魔法的な仕組みの場合、一人でもクリアしたら全てが元に戻るのが常道だよ。一度ぐらいは覚えがないかなあ?」


 あるようなないような。だが、ぼくたちがダンジョンを踏破すれば、三人は生き返るということか。


 なんだか、それはそれでつまらないな。


「あはっ。救済措置に文句があるなんて、珍しい人だねえ。仲間が生き返るんだよ、素直に喜ぼう」


 難しいところだな。リアリティを取るか、優しさを取るか。


 この三人が死んでも困らないので、リアリティを追求したいところでもあるが……。


「ほらほら、行くよ。この子たちが死んだら、色々と怒られる。依頼だって、果たされないからね!」


 そうだった、これだから足手まといは迷惑なんだ。


 散らばった洋服を拾い、そのまま歩き出すトワ。その姿に、少しだけ疑問を覚える。


「放っておけばいいのに。なんで拾うんだ?」


 全てが元に戻るなら、服だって元に戻るに決まっている。


「そうだけど、置いていくのもかわいそうだよ。この世界の全てに、自分の面影を感じるから好きじゃないけど。それでも、やっぱり可哀そうだと思うから」


 なんだか優しいことを言う。


 ……いや、初めからそうだったな。嫌いと言いながら、関わろうとする。気分が悪くなると言うが、その原因は自分に似ているから。


 世界を滅ぼすのは、よくないことだと言って。三人を見捨てる事にも、哀れだと慈悲を示す。


 全てがちぐはぐでよくわからないが、とても人間らしいと思えた。


 ……むしろ。


「さあ行くよ、むげん。まだ先は長いからね」


 張り切って歩き出すトワを、肩を掴んで呼び止める。


「持つよ、その姿だと大変だろう」

「え、急にどうしたの?」


 その気持ちを止める気はないが、どう見ても危なっかしい。小さい姿で多くの洋服を持ち歩くのは、大変そうだった。


「転んだら、痛いだろう」


 後ろを歩いているのは、ぼくだ。巻き添えを喰らって階段を転がり落ちたくない。


「……やっぱり優しいんだね、むげんは」


 うん。またなにか、勘違いをしている気配がする。でもいいか、結果的には同じことだ。


 ぼくたちは、また螺旋を描く階段を登り始めた。



 ★



「あはっ。体感時間は四日ほど、肉体的には三百歳ほどは退化したかなあ」

「はあ?」


 またなにか戯言を言っている。あれから四日ほどたったのは間違いないが、ぼくたちの体に変化はない。


 ぼくはともかく、こいつは……。


「いや、おかしいな。トワの身体はフルーツたちよりも、若かっただろう。なんで一人だけ生き残っているんだ?」


 フルーツは作られてから一年も経ってないが、残りの二人は違うはずだ。


 十五歳は超えていたし、トワよりは年上に見えていた。


「外見で判断してはいけないよ、と言いたいけれど。その通りだね。一番初めに消滅するのは、あたしだったと思うよ」


 つまり、なにかをしたのか。


「だってさ、一人になったら寂しいよね。あたしぐらいは、話し相手になってあげないと」


 言いたいことはわかるが、一人でも問題はない。


 ぼくにとって、誰かといることと、一人でいることに違いはないから。


 どちらもつまらないし、どちらにも楽しみはあるのだ。


「むげんこそ、凄いね。もう四日も飲まず食わずなのに、全然平気そうだよ」

「まあ、大丈夫だよ」


 食に興味がないせいか、何かを食べたい飲みたいという気持ちは薄い。


 おいしいとか、まずいとかどうでもいい。物を食べるのは必要だからで、習慣だからだ。


「わからないけど、まだ数日は大丈夫だと思う」


 歩くことが出来れば問題がない。使っているエネルギーは、多くないのだろう。


「……あまり疲れてないのかな?」

「ああ。普通の人間としては、超人的な身体能力を持っていると自負しているから」


 このペースなら、一か月は大丈夫だろう。倒れるまで、いつまでも階段を登っていくのだ。


「それにしても、フィアの心はどうなっているんだろね。このダンジョンは厳しすぎる、むげんじゃなければ全滅だったよ」


 永遠とも思えるほどの長い道と、先に進むほど退化する肉体。確かに厳しい、高難易度のダンジョンだ。


 ……そういえばフルーツが言っていた。


「ダンジョンを脱出する魔法以外は、使えるんだろう。移動する魔法で攻略するのが、正しかったんだろうさ」

「それは無理。あの細胞は言ってなかったけど、移動系の魔法は全てがアウトだから」


 単に確認不足か。いや、絶望させないために口にしなかったのか。


 とにかく、ただ黙々と歩くしかないみたいだ。

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