初めてのボス戦
落下しながら、底の見えない闇の中に吸い込まれていく。
底に危険がなければ、命の心配はいらないだろう。便利な魔法を覚えておいてよかった。
問題があるとしたら、一つだけ。
「よっ、と、っと」
慣れない力を使ったことで、気絶しているフィアのことだ。多くの魔力を開放することは、体に負担も大きかったのだろう。
自由に動けない空中だと、回収するにも一苦労だ。
「これで、よしっと」
空を掻きながら移動し、なんとかフィアの腕を掴む。
後は、足元から地面に辿り着けばいい。
「ま、楽勝だな」
このぐらいは問題ない。
自由落下とは、意外と快適に動けるのだ。……超人的な能力を持っていれば。
辿り着いた地面には、巨大な剣閃の跡が残っている。
未熟だったな。最下層までは、床一枚残っている。
「やはり、お兄ちゃんも無事でしたね」
「当たり前ですわよ、ワタクシの兄上なのですから」
周囲の観察をしていると、二人仲良く姿を現した。
「しかし、何が起こったんでしょうか?」
「道を進んでいたら、巨大な剣閃がワタクシたちを襲ったのです。なんとか回避しましたが、一歩間違えたら即死でしたわね」
……なるほど、あの一撃をフィアが放ったことに、気づいていないのか。
「避けることが出来たなら、問題はないだろう。それよりも、こいつを頼む」
とりあえず誤魔化しておくことにして、フィアを押し付ける。
そのうち目を覚ますだろう、時間は必要だが。
「少し、休憩だな」
適当に腰を下ろすと、カードを取り出す。
制圧率九十二パーセントに、注目してみた。
「なるほど、少しだけ残っている瓦礫と。最後に残った地面のことだな」
その全てを破壊すれば、最強のボスと戦えるのだろう。
どれほどの強さか、楽しみだ。ぼくは通常のボスと戦ったこともないから、推測も出来ない。
「……ここは?」
考え事をしていると、フィアが目を覚ましたようだ。
何を言いだすのか、少しだけ注目してみる。
「ワタクシたちは正体不明の攻撃によって、地下九階に落とされたのですわ」
「正体不明の攻撃、そんなものが?」
「ああ、凄い一撃だったみたいだ。あの沼だけではなく、ダンジョンの大部分も破壊してしまった」
「……そんな危険が訪れていたのでありますか。みんな無事で、何よりでありますよ」
あれ、こいつは気づいていないのか?
凄い一撃だと言う説明で、自分とは全く別の何かが起きたのだと理解したようだ。
そこまでの威力だとは思っていなかったのだろう、都合が良くて結構だ。
「ほっとしたであります。もしかしたら、自分の一撃がみなさんを攻撃してしまったと。壁を乗り越えるために、沼を斬ろうとしていたので」
「自惚れが過ぎますわね。アナタごときの攻撃で、ワタクシが危機を感じることなどあり得ませんわ!」
その言葉は気づかいではない、本心からのものみたいだ。
目が節穴で助かった。ある意味では空気を読んでくれたのだろう。
隣で黙り込んでいるフルーツとは大違いだ、こいつは気づいているのかもしれない。
「まあ、いいでしょう。フルーツたちは無傷だったので。……それで、どうしますか?」
「残りも壊すに決まっているだろう。つぼみ」
「いいでしょう、わかりましたわ!」
疑いのまなざしでつぼみに頼んでみるが、思ったより優秀だった。
見えない剣を振るたびに、瓦礫はこの世から消滅していく。
そして力を込めた一撃で、剣閃の残る地面を断ち切ったのだ。
★
最後の落下は、短いものだった。十秒程度のもので、心の準備には丁度いい時間だ。
つぼみが全てを破壊したとたんに、周囲の風景は一変した。
たった一つだけの広大な空間と、強烈なプレッシャー。
焚火を燃やすような、緑色の大きな魔力と。
「よくぞきた。待っていたぞ、侵入者共」
見上げるほどの巨体と、人間よりも大きな金棒。
角の生えた恐ろしい風貌に、全身にみなぎる莫大な魔力。
これはきっと……。
「オーガ、ですわね。力だけで、知性の欠片もなさそうな姿ですわ」
「知性がないのはそちらの方だろう、見た目で判断するとは愚か者め」
軽率なつぼみの言葉に、強烈な批判で返されている。
それも仕方がない。ぼくから見ても、このオーガの瞳には知性が宿っているのだから。
「外見や種族で、個々の判断が出来るものか。その程度もわからないのなら、キサマなどサルにも劣るわ」
その言葉には、鋭いとげが混じっている。よほどつぼみの言葉が、気に入らなかったらしい。
初対面の人間に知性の欠片もないと言われたら、誰でも怒ると思うが。
「なっ、なああ!」
「反論が浮かばないのなら、黙っておけ。ワレハ人間と会話がしたい」
あっと言う間に、やり込められてしまうつぼみ。残念ながら器が違うようだ。
第一印象は最悪。ファーストコンタクトは、こちらの敗北だ。もう会話は止めて、攻撃を始めようか。
フルーツとフィアは、ぼくに目配せしてくる。ぼくが代表となって会話をしろと言うのだ。
殺し合いに来たはずなのに、不思議と知恵のあるオーガに興味を惹かれる。
ぼくはつぼみの仇を取るように、少しだけ会話を楽しむことにした。
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