全てを斬れば解決する

 


 つぼみに案内されて、次の階への道に進む。


 しばらく歩いた先に、闇へと続く階段が現れた。


「疑問なんだが、このダンジョンは何階ぐらいまで続くのかな?」


「場合による、としか言えないであります」


「そうですわね。でも十階層はないと思いますわ」


 わからないわりには、しっかりとした答えだ。深くて地下十階までに、ボスがいるのだろう。


 ぼくたちは階段を下りながら、会話を続けていく。


「なぜわかる?」


「ここが中級者ダンジョンだから。内包する魔力量から考えても、そのぐらいが妥当ですわ」


「そうでありますな。これだけの広さで、しっかりと装飾もされている。外面に拘るタイプの、ダンジョンマスターでありますな」


 壁や床を見ながら、フィアはそう称した。


 言いたいことはわかる。壁には定期的に燭台が。床はある程度、整備されている。


「ダンジョンの内部が、全てマスターの魔力で出来ていることから。拘れば拘るほど、小さく狭いものになりますわ」


 だから十階分も作れないと。


「魔物も弱くないですからね。お兄ちゃんが疲れてしまう前に、終わらせることが出来るでしょう」


 締めくくりはフルーツだ。


 その情報は有難い。夜には外に出て、気持ちよく眠れそうだな。


「お」


 階段を下りた先には、同じような空間と目立つように……。


「沼、だな」


 突然すぎて意味が分からない。


 階層が変わったとたんに、一面が沼で出来た場所になってしまった。


 紫色で、いかにも毒がありますと主張している。


「ワタクシは平気ですが、アナタたちは?」


「平気です。フルーツは解毒できますし、お兄ちゃんは毒が効きません」


 その言葉に嘘はない。服が汚れるが、問題はないだろう。


 服が、汚れる。


 ぼくたちの視線は、自然と一人に集まっていく。その先にいた奴は、顔面を蒼白にしていた。


「……」


 冷や汗を流して、動きを止めている姿は。憐れみと、心配を誘っている。


「確か、自然のものは大丈夫なんだろう? 苦手なのは……」


「生物だけ、であります。でもこれは、無理でありますよ」


 大丈夫、というのは。


「気絶はしない、という意味であります。苦手なことに変わりはないのでありますよ」


 嫌悪感はあるのだ。でもそれは全員がそうだ、ぼくたちだって好き好んで沼に入りたくはない。


 必要だから我慢するのだ。


「じゃあ、行くぞ」


 幸いなことに、ところどころに足場がある。大きな岩だったり、僅かに残った地面だ。


 ダンジョンマスターはアスレチックとして、この沼地を作った気がする。


 冷静に、慎重に移動すれば、汚れることもない。


「余裕ですわね」


「フルーツは、汚れるぐらい平気ですが。……お姉ちゃんに怒られますね」


 二人は余裕をもって進んでいく。残されたのは、ぼくとフィアだけだ。


 早く進みたいのに、腕を掴まれているせいで動くことが出来ない。


「放せ、ここにいても仕方ないだろう」


「い、嫌でありますよ! こんな場所を、通れるわけがないであります!?」


 涙目になりながら、ぼくに縋りつくフィア。


 綺麗な服を着ていれば、強い自分でいられるんじゃないのか。


「今までだって、沼ぐらい通ったことがあるだろうが。軍人だろう」


「強く気を張っていたから、耐えることが出来たでありますよ! みんなが見ていたから、やせ我慢をしていたでありますよ」


「今だって……」


 フルーツとつぼみがいるだろうと、その言葉は無価値だった。


 二人はどんどんと先に行ってしまい。ぼくの視界には入らず、声も届かないほどだった。


 フィアがどんな醜態を晒したところで、気づかれることもないだろう。


「我慢できるんだったら、今回も同じようにしてくれ。このままだと、置いて行かれるだろうが」


「先生には隠さないでありますよ、こんなのは無理であります!」


 叫ぶようなフィアの言葉。


 その言葉に、ぼくは……。


「わかったよ」


「……え?」


 ぼくの言葉に、フィアは放心したようになる。


 自分から言い出したくせに、驚くのはやめてほしい。


「無理なものは、無理なんだろう。ここは諦めて、別のダンジョンに行こう」


 他人の辛さなんて、わからない。


 ぼくからすれば甘えに過ぎなくても、フィアからすれば自殺に等しい行為なのだろう。


「あの二人なら放っておいてもいいだろう。そのうち気づくさ」


 ぼくたちを置いていくような奴らに、かける情けはない。


 たまには後ろぐらい、振り返ればいいものを。


「で、でも……」


 フィアが後ろ髪を引かれている。嫌だと駄々をこねたくせに、諦めることにも抵抗があるらしい。


「どうした?」


「やっぱり、でも」


 葛藤は深いようだ。このままでは、時間だけが無駄になっていく。


 ここはぼくが、解決するしかないか。


「答えが欲しいか?」


「ほ、欲しいであります。自分を導いてほしいであります!」


 ぼくの言葉に、飛びついてくるフィア。


 汚れることなく、先に進める方法。いくつか考えつくが、その中でも一番単純なものを。


「斬れ」


「……へ?」


「魔力を込めて、全てを両断しろよ。十階程度だ、出来るだろう?」


 最強の剣士は、一太刀で星すらも真っ二つにするらしい。


 アメリカ最強の剣士なら、そのぐらい出来て当然だ。


「出来るか?」


「お、おそらくは。でもそんなことは、やったことがないでありますよ」


 この期に及んでも弱気なフィアに、最後の発破を掛けてやる。


「こんなことも出来ない弱者なんて、この国には必要ないぞ。力がなければ、守れるものはないんだ」


 好きな考え方ではないが、この世界は本当にシビアだ。


 人々を守るためには、絶対に力がいる。大統領を目指すなら、こんな小さなダンジョンどころか、一つの国ぐらいは切り裂いてくれないと。


「……下がっていて欲しいであります」


 一言断りを入れると、フィアはあっという間に目の前の全てを切り裂いた。


 どういう原理かはわからないが、それだけの腕を持っていたのだ。


「ほら、やればできるんだよ」


 力づくで構わないのだ。美しくある必要もない。


 ただ、壁を乗り越えることが出来れば、それだけで十分なのだから。


 ……あの二人が、無事だといいが。


 やりすぎたようで、ぼくとフィアはどこまでも、地下深くに落ちているくらいだからなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る