百パーセントの成果

 


 魔物の散り際に幻想的なものを感じていると、フルーツとフィアが驚いた顔をしていた。


「……見事な一太刀ですね。剣を習ったことがあるんですか?」


 フルーツの質問だが、鋭い指摘だ。


「まあ、神崎の家は名門だからな。捨てられた身でも、一通りは習っているよ」


 小さい頃は色々な習い事をしたものだ。その全てを途中で放り出したが、少しは身に残っているらしい。


 自分の意志ではなかったけど、少しは楽しかった気がする。


 日常が破綻しなければ、もっと続けていたのかもしれない。


「分家でも、最低限の教育は受けてきたようですわね」


 誰かの声が聞こえてきた。ダンジョンの奥から戻ってきた、つぼみのようだった。


「……惜しいですわね。魔力さえ使えるなら、一流の魔法剣士に成れましたのに」


「戦うことに、興味はないんだよ」


 力があっても、それは変わらない。


 痛いのも、疲れるのも、傷つけるのも好きじゃない。必要なら躊躇わないが、不要なら避けて生きたい。


「それより、なんで戻ってきたんだ?」


「この階は制圧しましたもの。アナタたちを呼びに来たのですわ」


「なぜ、そんなことがわかる」


「カードを見なさい。兄上たちにも、配られたでしょう」


 なんのことかわからない。首を傾げていると、隣でフルーツが頷いていた。


「これですね。そういえば、渡すように頼まれていました」


 フルーツが二枚の白いカードを取り出すと、片方をぼくに渡してきた。


「何故言わない?」


「お姉ちゃんの頼みでしたので、緊急性は低いかと」


 フルーツからルシルへの評価が、よくわかる言葉だった。


 ぼくが受け取ると、真っ白いカードに文字が浮かび上がる。


「スセスのダンジョン。地下一階制圧。還元率ニパーセント」


 そう読み取れた。誰に聞くまでもなく、これは……。


「ダンジョンの名前、階層と状態。破壊して、どれだけボスに魔力が戻ったかですね」


「そうですわね。補足ですが、還元率が二十パーセントほどでボスに挑むのが常識ですわ」


 魔物を倒さなければ前に進めず、倒しすぎるとボスが強くなって倒せない。


 そのバランスを取ったのが、ニ十パーセントほどの破壊だと。


「還元率百パーセントのボスには、勝てないのが当たり前だと覚えておきなさい。五十パーセントを超えるだけで、学生には超える事が出来ない壁になりますわ」


 つぼみの言葉には、嘘が見当たらない。


 それが常識で、当たり前の話なのだろう。


「わかった。なら、百パーセントを目指そうか」


「はあ!?」


 ぼくの言葉に、三人は驚いているようだ。


 でもぼくからすると、何で驚くのかわからない。


「ぼくたちは、成果を目指している。それも、圧倒的な成果だ」


 フィアを大統領にするには、それぐらいの目標でちょうどいいだろう。


 駄目なら、直ぐに諦めればいい。


「無理に決まっていますわよ。確かにフィアは、この国での最強候補ですけど」


「無理か?」


 ぼくはフィアの方を向いて、尋ねてみる。


「……」


「実際の記録はどうなっている? 百パーセントのボスを倒した奴は、いないのか?」


 ぼくは何も答えないフィアを見切り、そのままつぼみに矛先を向ける。


「現在の大統領は、一度だけ。というより歴代の大統領たちは、全員が経験済みですわね。もちろん、単独ではないですわよ」


「それなら、ちょうどいい」


 還元率百パーセントのボスを、五体ほど倒せば十分な戦果と言えるだろう。


 分かりやすい話だ、フィアの性格を直す必要もなくなった。


 でも、少しだけ疑わしい気もする。


「他にはいないのか。学院長とか、ルシルとかは?」


「……今のは、国内の話ですわ。世界での話なら、割と多い。年間でも何十人はいますわね」


「簡単じゃないか」


 なんだ、その程度か。


「簡単じゃありませんわよ! 一流の魔法使いが何年も修行をして、信頼する仲間たちと挑戦しても、容易く返り討ちになってしまうほどの難度ですわ!?」


 つぼみは興奮したように、ぼくを怒鳴る。


 それほどに難しいのだと、伝えたいのだろう。


「……でも、そんな奇跡のような難易度ぐらい。目をつぶってでも、乗り越えることが出来る化け物が多いのですわ」


 この世界は、本当にそんな場所だからな。


 血反吐を吐くような努力なんて価値がなく、圧倒的な才能だけが物を言う場所。


 弱肉強食であり、個人と言うものが全てを超越する壊れた現実。


 そうありながら、決して悪が勝利することがない正しさを秘めた世界だった。


「とりあえず試してみよう。駄目だったら、諦めればいい」


「簡単に言いますわね」


「お前たちはどう思う?」


 ぼくはフルーツと、もう一度フィアに目を向けた。


「フルーツは構いませんよ。お兄ちゃんの好きなように」


「フィアは?」


 促すと、強い視線が返ってきた。ようやく覚悟が決まったらしい。


「やるであります。そのぐらい出来なければ、お婆様の跡を継げないでありますから」


 これで意見はまとまった。


 元々フィアに拒否権はないのだが、自分で覚悟を決めてほしかったからな。


「あの、ワタクシの意見は?」


「とっとと行くぞ」


「もう、わかりましたわ! ワタクシも最強の剣士を目指している身です。偉大な功績を手に入れて、目標に突き進んでやりますわよ!?」


 つぼみの言葉には力があった。土壇場になって逃げることはないだろう。


 さて、ダンジョンのボスとやらはどれだけ強いかな。

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