試し斬り
「この場所で、ワタクシは自分の価値を証明してみせますわ!」
よく分からないことを言いながら、つぼみはどこかに走り去っていく。
あいつは一体、なにをしているのだろうか。
「おそらくですが、多くの魔物を倒すのでしょう。その数こそが、自らの強さだと」
フルーツの説明は分かりやすい。でもその答えは、残酷だ。
「うーん、そんなものはどうでもいい。近くにいて、安全を確保してくれたらいいんだけど」
それ以上のことは求めていないし、それ以上のことは必要がない。
まるっきり、余計なことでしかないのだ。
「そうですか? フルーツはそれも、一つの価値の証明だと思うのですが」
「お前たちの価値観ではそうかもしれないな。でもぼくの価値観では、そうじゃない」
まあ、好きにすればいいか。やる気をそぐ必要もないだろう。
ぼくは自分のペースで歩き出すことにする。このダンジョンは広いので、いい散歩代わりになりそうだ。
★
魔物の一匹もいないダンジョンは、あまり楽しくないことが分かった。
罠の類もあるのだが、全てが破壊されている。
「うーん。つぼみは、役に立っているかな」
でも、その場を見なければ実感もない。
連れてきたのは失敗だったか。まあ、何事も経験だな。
でも、魔法を覚えることは出来ないな。魔物を斬ることが出来ない。
「そういえば、お兄ちゃんに聞きたいことが」
のんびりと歩いていると、隣にいたフルーツが話しかけてきた。
「お兄ちゃんは、多くの魔法を覚えてきましたよね。パッシブスキルも増えたのでは?」
「なにそれ?」
またフルーツが、よくわからないことを言い出した。ゲームの話か?
「……魔法を覚えると、自身に宿る特殊能力のことです。確か、毒が効かないんですよね」
「ああ、そんな話もあったなあ」
あまり興味がないので、頭から抜けていた。
「覚えていないのですか?」
「いや、少しは覚えているよ」
ぼくが覚える魔法は特別なものが多いので、たくさん身についているはずだ。
そういう意味では、もう普通の人間ではないと思う。
「炎を操る魔法を覚えて、暑さに強くなった。重力を操る魔法を覚えて、ビルの屋上から飛び降りても平気になったり。……動物を操る魔法を覚えて、話している言葉が分かるようにもなったなあ」
「動物と会話ができるのでありますか!?」
フィアが突然、食いついて来た。
「いや、出来るはずなんだけど駄目だった。何を言っているのか、わからないんだ」
当たり前のことを言っているようで、少し違う。
普通の鳴き声が聞こえているはずなのに、今は概念を感じてしまう。
上手く変換が出来ないのだろう、頭が痛くなるのだ。
「わん。という一言から、長い文章を読み取るようなものだからな。ぼくはその変換が、上手くできないんだ」
翻訳は出来ても、字が汚くて読めないと言えばいいのか。魔法は上手く作用しても、ぼくの脳が拒絶すると言うか。
『物事の本質は、理解とやる気だ。お前は動物と会話をする気がないから、出来ないんだよ。どれだけ優れた魔法でも、使い手がこうも無気力ではな』
魔法を教えた男は、ぼくにそう言っていた。
その言葉を否定する気はない。動物と会話をしたいなんて、思っていないのだ。
「では、動物の鳴き声を聞くと、頭が痛くなるんですか?」
「いや、そうじゃない。集中しないと翻訳されないからな、普通の鳴き声に聞こえているよ」
自動的に動物の声が翻訳されるのではなく、意識すれば翻訳できる能力と言うわけだ。
余計な力だ、こんなものはいらなかったな。
「残念でありますよ、でも一つ謎が解けました。寮から飛び降りても平気だったのは、能力の一つだったのでありますな」
そんなこともあったが、確かにその通りだ。
超人を自称するぼくでも、あの高さから落ちれば、足がしびれてしまう。
「そういうことだ。他にも色々あるが、思いつくのはこのぐらいだな」
いちいち覚えてはいられない。大して興味もないし。
「あれ?」
目の前に、何かが現れた。
狼に見えるが、角が四本ついていて強そうだ。
「魔物であります。つぼみが取り逃したのでありますな」
「……やれやれ」
張り切っていたのに、このざまだ。試し切りに丁度いいので、文句はないが。
フルーツに持たせていた剣を抜くと、軽く一振りしてみる。
「軽くて、いい剣だ」
剣の良し悪しなんてわからないが、使いやすいのはよくわかる。
こちらを警戒して、低いうめき声を上げている狼に対峙してみる。
視線を合わせると、そのまま素早い動きで襲い掛かってきた。
「……よっと」
その動きに合わせ、剣を一閃する。すると面白いように、狼が両断されたのだ。
「やっぱりいい剣だ。流石は大統領だな」
もう一度剣を振ると、そのまま鞘に納める。
両断された狼は、血痕の欠片も残さずに、緑の光になって消えていった。
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