フィアの本質

 


「ああ、もう朝か」


 昨日は、街を楽しんでから眠った。


 フィアとエキトに案内されたが、なかなかに面白かったな。


 次はどこを案内してもらおうかと考えながら、ふと思う。


 やっぱり、ルシルやフルーツは必要ないなと。


「おはよう」


 身支度を整え、一階に降りるとエキトがいた。


 そのまま合流しダイニングに向かうと、エキトが用意した朝食を食べる。


 少し焦げたトーストは、美味しくも懐かしい。ルシルは絶対に、こんな手抜き料理を食べることを許さなかったからだ。


「フィアは、寝坊か?」


 二枚目のトーストを齧りながら、エキトに尋ねてみる。


「どうかな、まだ遅い時間じゃないだろう。気になるのなら、起こすといい」


 今は午前六時半。同居人として朝の挨拶をしても、常識外れとまでは言えないだろう。


 きっちりとした軍人みたいだったので、寝坊するほうがイメージには合わない。


「別に用事もないし、初めての環境に戸惑っているんだろう。寝かしておくかな」


 フィアに個人的な興味はない。積極的に関わる理由もないだろう。


「いや、やっぱり起こしに行くべきだよ」


「なんで?」


 急に意見を変えたエキトに、つい尋ねてしまう。


「ゆっくりと知っていけばいいとも思ったけど、それは時間の無駄だからね」


 微笑しながら、よくわからないことを言う。


 だが、大人しく従っておこう。エキトが意味のないことを言うとは思えないし、役に立たないことを言うわけもない。


 この男の有能さは、身に染みて理解している。


「じゃあ行ってくる」


 ぼくはトーストを食べ終わると立ち上がり、二階のフィアの部屋に向かった。


 確かぼくの左隣だったな。軽くノックをして、声をかける。


「朝だぞ」


「……」


 返事はない、起きている気配もない。


「仕方がない。開けるか」


 鍵はついていない、ぼくの部屋と同様だ。


 ノブを捻り中に入ると、そこにはベッドで眠るフィアの姿が。


 掛け布団を被り、スヤスヤと気持ちよさそうだ。


「起きろ」


 布団を剥がすと、パジャマ姿の……。


「へえ、そういうことだったのか」


 道理でな、見たことがあるわけだ。


 眠って無防備な姿を見ると、よくわかる。


 短髪だった髪は、長くなっていて。


 顔も少し変わっているが、メイクを落としたせいだろうな。


「確かに、男だと名乗っていたわけではなかった」


 フィアはルームメイトだったのだ。そういえば、少しずつ思い当たる節もある。


 何故ぼくに隠していたのかはわからないが、そんなことはどうでもいいか。


「起きろ!」


 大声を出して叩き起こす。言葉だけではなく、ゲンコツによる痛みを添えて。


 まったく、不慣れな枕に苦戦していると思ったら。単に眠るのが大好きな、気が抜けた幸せ者だったのだ。


「へ、ひゃああ! いたあああああい!」


 声に驚いたのか。飛び起きたフィアは、ぼくから距離を取る。


 おまけではあるが、涙目で蹲っている。


「とっとと起きろ。エキトが朝食を用意しているぞ」


「あ、あう」


 優しくもないが、厳しくもない声をかける。


 だがフィアは、涙目になって言葉を出せないでいた。


「どうした?」


「あ、あの。えと」


 何かを言おうとして、言えないでいるのか。


 昨日はあんなにも、ハキハキと語っていたのに。


 ぼくはベッドに腰を下ろすと、もう一度訪ねてみる。


「どうした?」


「き、着替えたいので。外に……」


 パジャマ姿を恥じているのか、そんなことはどうでもいい。


 気持ちが分からないとは言わないが、それよりも腹が立つ。


「寝坊をしている身で、何を気にしてんだよ! 隠し事も多いみたいだな」


「ご、ごめんなさいぃ」


 別に問題はないが、ぼくたちよりも起きるのが遅かった。


 ここは逆切れ気味に、こちらの優位性を保っておこう。


「……でも、まあ礼儀か。下にいる」


 いきなり部屋に侵入して、叩き起こして逆切れをする。


 うーん。フィアが冷静になって怒る前に、退散して有耶無耶にしよう。


 そう考えて立ち去ろうとすると、また袖を掴まれた。


「あ?」


「し、下に行かないで」


 まずい、文句を言われるか?


 小言ぐらい怖いわけではないが、初日から説教は勘弁だ。


「それは、部屋の前で立っていろと?」


 尋ねると、こくりと頷く。


 よくわからないが、それが望みなら逆らう必要はない。


「わかった」


 フィアの部屋の前で、待つこと十分。


 いい加減に部屋を蹴破って、もう一度文句を言いたい気分にもなると言うものだ。


 さっきの姿を想像して、いくつかの推測を立ててみた。


 簡単に考えれば、あれが……。


「もういいで、あります」


 入室の許可が出たので、直ぐに中に入る。


 そこには昨日見た姿、軍人の姿をしたフィアが直立していた。


「ご迷惑をおかけしたのであります。お待たせして申し訳ない、まずは先生に聞いてほしいことが」


「言ってみな」


 どれだけ想像の域を出ているのか、答え合わせをしてみるか。


 少なくても、ぼくの行動への非難はないらしい。


「さっきの姿が、本当の自分の姿であります。二面性があると言いますか……」


「二重人格か?」


 それがわかりやすい。


「いえ。もともとの自分は、臆病で弱気な人間であります。それが軍服を着ることによって、ようやく半人前になるのでありますよ」


 軍服を着て半人前。


 それはつまり、本当の自分はそれ以下の存在だと。


 言いたいことはわかるが、少し自分に厳しいのではないか。


 ぼくは初めに、そんなことを思った。

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