一枚上手をとられた
「お、いいものがあった」
イギリス校にもあったが、学院と最寄りの街を繋ぐ魔法陣を見つけた。
金を払って安全に移動できる施設もあるが、優秀な魔法使いが勝手に設置する魔法陣も探せば見つかる。
チンピラから奪った金を無駄に散らすのも忍びないので、どこに繋がっているかわからない魔法陣の一つを選んでみた。
「アメリカ校か、面白いところへ」
自分が幸運なほうだと自覚しているので、きっと大丈夫だと魔法陣に飛び込んでみる。
★
「おお、大正解だ」
アメリカ校の近くだろう、歩いて五分ほどの距離だ。
無料ならこのぐらいで満足できる。これからも頻繁に利用すると決めた。
「……おかえりなさい、ムゲンくん」
意気揚々と寮に向かっていると、まるで地獄の底から聞こえてきたような呪わしい声が。
これが後ろからの声なら、聞かなかったことにして逃亡も出来るだろう。
しかし、その声は正面から。目と目が合う距離だと、はっきりわかる。
「気を抜いたな、もっと早く気付くべきだった」
「堂々と何を言ってるんですか! ずっと待っていたんですよ」
待つ? 果たして、何を?
記憶にひっかかるものは、一つもないのだが。
「連れて行きたいところがあると、言いましたよね?」
「いや、記憶にないな」
「い・い・ま・し・た! どんな頭をしているんですか、昨日の話ですよ」
そうだっけ。興味のないことは、直ぐに脳みそから消えていく。
「フルーツが元に戻って安心していたのに、今度はムゲンくんが姿を消したんですよ。私の身にもなってください!」
「お、フルーツが?」
「はい、ご心配をおかけしました」
音もなく背後に現れるフルーツ、驚くので普通に出てきてほしい。
セカイが消えて、元通りになったのか。
でも、何故ぼくの後ろにいるのだろう?
「まるで別人のようでびっくりしたんですけど、本当に心当たりがないんですよね?」
「もちろんです、フルーツにはわかりません」
平気な顔をして、自らの主人に嘘を吐く人形だ。
セカイと会話をしたり、少しは情報を与えられているはずなのに。
細い眼でフルーツを見ていると、小さく微笑みを浮かべた。
本当に感情豊かになったものだ、既にぼくやルシルより上手かもしれない。
今のうちに廃棄処分にしておかないと、足元をすくわれそうだ。
「それで、ムゲンくんはどこに行ってたんですか?」
「もちろん言えない、人間にはプライベートと言うものがある」
ルシルは知らないだろうがな。
「強いて言えば?」
「強いて言えば、観光をしていた。新しい町並みはとてもきれいで、新鮮な驚きを与えてくれたよ」
そこまで語り、はっと驚く。
「ルシルも会話が上手くなったなあ。ぼくを上手く乗せるなんて、成長したじゃないか」
「ムゲンくんが変わらないだけだと思いますけど……。随分と楽しんできたみたいですね、お金もないのに」
「それは大丈夫だよ、どんな街にもチンピラは溢れているから」
「……ほう」
何かの逆鱗に触ってしまったらしい。一人の教師として、チンピラ狩りが気に入らないのだろうか?
ならば世界から、チンピラを撲滅してほしいものだ。
「本当にムゲンくんは危ないことをして、怪我でもしたらどうするんですか!」
「そんなヘマは踏まない」
「道すがら、ムゲンくんには本気の説教が必要みたいですね」
そんなのは嫌だ。セカイの面倒を見て、疲れたから眠りたいのに。
「悪いけど、疲れたんだ。また今度な」
少し強めに、ルシルに伝える。
そのまま上手く、二人から離れて寮に向かおうと……。
「なんだ、この匂いは?」
少しだけ距離を取り、もう安全だと思ったあたりで、甘い匂いが立ち込めている。
これはたぶん、魔法じゃない。
「……」
頭がくらくらする、急激に瞼が重くなる。
なんだこれは、薬の類か?
足がふらついて、まともに歩けなくなり、転びそうだ。
「おっと。本当にもう、この子は本当にもう」
意識が混沌として、転びそうになると誰かに支えられた。
その相手が誰かもわからないが、おそらくは。
「……、なだこれは」
「もう呂律も回っていませんね。フルーツ特製の睡眠薬ですよ」
なんでも作れるフルーツなら、こんな薬も作れるわけか。
「ムゲンくんには、同じ手が通じませんからね。こんな手段を取ってみました」
その声が弾んでいて、嬉しそうな感情が伝わってくる。
たまにやり返すことが出来たので、心から楽しいのだろう。
「……ふたがりとは、ひきなり」
「卑怯じゃないですよ、作戦です」
その通りか、ひっかかる方が悪いのだろう。
「さあ、行きますよ。目覚めるころには、着いていますからね」
ルシルは軽々とぼくを背負うと、そのままどこかに向かうようだ。
「お兄ちゃんを背負うのは、フルーツの役目ですよ」
「駄目です、これは私の仕事なんですから」
言い争う二人の声を聞きながら、ぼくの意識は闇に向かう。
今回の反省点は、二人を警戒しすぎた点だろう。
力づくではどう足掻いても勝てないのだから、それ以外の手段を用意しなければならない。
……次は、勝つ。もう負けない。
少年漫画の主人公みたいな、大いなる決意を固めながら。
ぼくは、浅い眠りについた。
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