守護者
数分前から目を覚ましているのだが、瞳に映る光景が壮絶すぎて反応に困ってしまう。
寝たふりを続けながら、薄眼を開けて周囲を見渡す。
明らかに人の手が入っていない洞窟のような地形、その中をルシルはどんどんと歩いていく。
あぜ道よりはマシで、階段よりは劣る道を、ルシルとフルーツが黙々と下っている。
「……」
壁や地面は、よく見ると、ところどころ赤く光っている。
まさかとは思うが、これはマグマだろうか?
「あ、起きたようですよ。お姉ちゃん、止まってください」
目敏いフルーツが、ぼくの覚醒に気づいた。
もう少し様子を見たかったが、諦める。
「ようやく起きましたか。薬の影響か、長い眠りでしたね」
ルシルはぼくに明るい声を掛けながらも、首元を掴んでずるずると引きずる行為を止めない。
「放してくれ、自分で歩ける」
「駄目ですね。この場所は危ないので、うろうろされては困ります。目的地まで、このまま向かいますね」
楽でいいのは確かだが、さっきから足が痛い。
引きずられているので、ずっと地面に擦れているのだ。
ここが平面ならまだいい。でも下に降りているのだから、落差で三倍は痛いのである。
「我慢してください。約束を破った罰ですよ」
覚えていない約束を、破ったと言われても困る。
でも反論すると、より酷い目に遭いそうだ。
ぼくは諦めて、ルシルの怒りをやり過ごすことにした。
「で、ここは?」
それでも疑問は多い、好奇心は満たしておこう。
「地下ですね、詳しい位置はわかりません」
地下洞窟と思えばいいだろうか、何故そんなところにいるのか。
「そんな浅い部分で、マグマが見えるのか?」
「実際の物理現象や、理屈の話はわかりませんね。このマグマは魔法的な結界ですよ、本物ではありません」
「フルーツ」
「どうやら、警報のように使われているようです。マグマを目視出来る距離まで近づくと、術者に気付かれます」
面倒なことだ。
「で、こんな場所に何故来たんだ?」
「ムゲンくんに会わせたい人たちがいるんです。守護者と、呼ばれている人たち」
「守護者?」
また面白そうな名前だ、こんな地下深くで何を守っていると言うのか。
「星を、地球を守っているんです」
一体、なにから?
「あらゆるものから、ですけどね。基本的には内側の存在です。魔法使いや異種族から、地球を守っているんですよ」
よくわからない。魔法使いや異種族は、地球を滅ぼすことが目的だと言うのか。
そんなことをして、何が楽しいのだろう。
「魔法使いは強大な魔法を、異種族はその特異な能力を、一切の手加減をしないで使っていますよね。でも、そんな力に星が耐えられると思いますか?」
まあ、常識的な話で言えば不可能だろう。
学院長程の力は必要ない、ルシルが外の星を落とすだけで普通なら崩壊していると思う。
でも、魔法使いの常識なら違うのかもしれない。
星と言うのは偉大な力があって、恐ろしい底力があるのかもしれないと思っていた。
「そんなものはありません。星なんて落とさなくても、最強の剣士の一撃や、優れた魔法使いの戯れでこの星は壊れます。……本来なら」
具体的に言うと、ルシルの半分ほどの力があれば地球は壊せるらしい。
ルシルは最強の魔法使いからは程遠いと言われているので、この星を壊せる生物は数多く存在すると思う。
「星を守る者たち、それらは守護者と呼ばれます。……そんなに大仰なものではありませんよ、魔法使いの職業の一つだと思ってください」
少し身構えていたので、気を緩める。
守護者なんて言うから、一生を使って星を守るような奴らかと思った。
やりたくもないのに、人柱のように強制的に働かされる哀れな奴らかと。
映画や小説だと、そんな背景を持っているものだ。
「採用条件は厳しいですけどね、希望者は多いんですよ。給料もいいですし、やりがいもあります」
俗っぽさが凄い。
「彼らがいるから、流れ星の介入が少ないんです。全ての生物は、守護者たちに感謝しています。人類と敵対している異種族ですら、彼らに敬意を持ち、決して攻撃などしません」
人類が本当に滅びる危機に瀕すると、全ての問題を滅ぼし星を再生する集団。
こっちのほうが守護者のイメージに近いが、こいつらは流れ星と呼ばれる。
学院長が足元にも及ばない程に強く、異世界のどこかにいる変な奴ら。
その中の一人とは、ぼくも少しだけ縁があるようだ。迷惑極まりない。
「なんでそんな奴らに、ぼくが紹介されないといけないんだよ」
「さあ、私にもわかりません。守護者の方から連絡があって、ムゲンくんを連れてきてほしいと」
そんな奴らに呼びつけられる覚えは。……あんまりないな。
そもそも、ぼくに星を滅ぼすような手段はない。
全力で殴ったって、地面にひびが入るぐらいだろうさ。
「ムゲンくんが危険だから、どこかに幽閉するんじゃないですか?」
ルシルが笑いながら、嫌な考えを口にする。
こんな軽口を言うなんて、フルーツだけじゃなくルシルも成長したなあ。
だが……。
「……しまったなあ、セカイが眠っている時に」
あいつがいれば、敵はいないのに。
あの全ての頂点に立つ子供なら、何があってもぼくを守るだろう。
でもこの二人の場合。星のためにとか、人類のためにとか耳障りのいいことを聞かされると、ぼくを裏切るかもしれない。
ぼくの周りの人間は、変な奴が多いが。この二人はまだ、常識人に近いのだ。
自分のエゴよりも、世界の平和を選びかねないな……。
もちろん、ぼくはそんなに危険人物ではないつもりだが。
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