ルームメイト

 


「いやいや」


 事務員は勢いよく、首を横に振っている。


「そんなわけないよ。何度も見たことがある、一度たりとも治ったことはなかったよ」


「お前は気絶していただろうが」


 その現場を見ている。この男は、ぼくが辿り着く前に気絶していた。


「今回だけじゃなくて、他の場所で経験しているんだって!」


 ふむ、それならあり得るが。


 ぼくはルシルに視線を送ると、しっかりと頷いている。


「私も見ました。ムゲン君の言葉に嘘はありませんよ」


 事務員はルシルの言葉に、深く悩みこむ。


 そして何も思いつかなったようだ。


「それなら、今回はいつもと違ったのかもしれない。なにかイレギュラーな要素があったのかもしれないね」


 それが何かは、全くわからないらしいが……。


 ぼくはセカイに視線を送ると、嫌な感じの笑いを返された。



 ★



 もう少し調べておくよ、と事務員に言われ。


 ぼくたちは退室して、適当に周囲をうろついている。


「これからの予定を聞きたい」


 いつの間にか、こんな場所にまで連れてこられたが。


 まだ何も聞かされていないのだ、せめて住む場所の話ぐらいはお願いしたい。


「アメリカ校は全寮制です。イギリス校のように、別の住居は認められていません」


 教員専用として、新しく作ることも許されないらしい。


 そのせいで不機嫌なルシルに、もう少し説明を頼む。


「私たちとムゲン君は、別の部屋になってしまいました。一人で生活できますか?」


「世迷いごとを言ってないで、どこに行けばいいんだ?」


 何度でも言うが、お前たちの世話を必要としたことなどない。


 むしろ自由になって、楽になったぐらいだ。


「まあまあ、いいじゃない。いつだって会いに行けばいいさ」


 お気楽な口調で、セカイがルシルを慰める。


 そんなことが出来たのかと、少しだけセカイの評価を改める。


「……それにしても、フルーツの雰囲気が変わっていませんか?」


 ぼくに同意を求める言葉だが、そんなことには誰だって気付くだろう。


 いつも無表情なフルーツに対して、表情がころころと変わるセカイ。


 口調も違えば、態度だって全く違うのだ。


「そんなことはどうでもいい。いつの間にか別人になっていても、何一つ気にはならない」


 実際に別人なのだが、大して変わらないだろう。


 所詮は、一人分の邪魔なのだ。


 そんなことよりも、部屋を教えてほしい。


「あの寮の五階ですね、鍵などはありません。本人だけが、中に入ることが出来る仕組みらしいですよ」


 ざっくりとした説明だが、それだけ聞ければ十分だ。


「荷物を置いたら合流しましょう。ムゲン君を連れて行きたい場所があるんです」


「どこに?」


「それは秘密ですよ。驚かせたいですからね」


 なんだか面倒なことを言い始めたぞ。


 まあいい。詳しく聞いても、大した意味はないからな。



 ★



 言われた通り、寮の五階に辿り着く。


 ルシルが何号室か教えてくれなかったので、目についた部屋の前で立ち止まることにする。


 エレベーターの近く、三つめが正解だったようで、扉が開く音がした。


 部屋の番号などは書いてないが、このフロアの豪華さに比べれば些細な問題だ。


「あれ?」


 中に入ると、広大な洋室だと一目でわかった。


 おまけにワンルームではなく、他にも多くの部屋があるのだと思わせる造りををしている。


 それはそれで、嬉しい誤算なのだがそれよりも。


「既に靴がある」


 高級そうなブーツと。よく見れば既に誰かが住んでいるのではないかと、疑わせる痕跡の数々。


 まさかとは思うが、ぼくの楽園は、また一歩遠のいたと言うのか?


 日本のように土足厳禁のようで、ぼくはそのまま中に入っていく。


 すると豪勢なテーブルとイス。おまけにそこに座る、一人の人間が。


「誰だ、お前は」


 まず質問をしてみる。大人ではないらしい、明らかに同年代だ。


 金の瞳と、紫色の長い髪。


 ティーカップに口を付けながら、驚いた顔をしてぼくを見つめている。


「えっと、あの。……あの」


 勢いをつけて立ち上がり、何故だか必死な顔をしている。


 何かを答えようとしているようだが、要領を得ない。


 まあいいだろう、大した問題じゃない。


「ルームメイトなのか?」


「あ、ああ。そうだ、これからよろしくであります!」


 明らかに無理な口調、強い言葉を使って偽ろうとしている。


 人付き合いに不慣れなのか、初対面の人間を警戒しているのか。


「それはいいが、ここは男子寮なのでは?」


 だからこそ、ルシルとフルーツは別室になったのではないか。


「おれは、その、男であります」


 そうなのか、そうは見えないが構わない。


 ルシルやシホを見ているからわかるのだが。薄い化粧をして、スカートを履いている。


 いかにも突然の訪問に驚いて、色々と隠し忘れている状況だが構わない。


「そうか」


 ぼくは部屋の隅に、ルシルに持たされた荷物を放り投げると。


「では、ぼくは行く」


「……え?」


 奥の窓を勢いよく開くと、そのまま外へ向かう。


「窮屈に生きる予定はない。このまま近くの街にでも、遊びに行くことにするよ」


「……は? はあ」


「誰かに尋ねられたら、あの男は爆発したと伝えてくれ」


 そのまま飛び降りてしまう、五階程度の高さなら問題はない。


「ま、待ってください! お話があるんです、大事なお話がたくさんあるんですよ!?」


 早速本来の口調に戻っているのだろう。慌てたような言葉は、ほとんどが聞こえないことにしておく。


「機会があれば、話をしよう。なかなか興味深い人間みたいだからな!」


 着地した後、小さく呟く。


「もう。話を聞いてくださああい! もうっ」


 残念ながら、その願いは聞けない。


 未知の土地への探求心とは、とりあえず数日は止められないものだからだ。

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