英雄

 


 事情を説明したいと、ルシルに呼び出されて事務室に再来する。


 セカイと二人で室内に入ると、既にルシルと事務員が待っていた。


「なんでお前がここにいる?」


 ルシルは置いておくとして、さっき説明してくれた事務員までもここにいるのは何故だ?


「流石に事務員が説明することなんて、ないだろう? あの壊れた騎士の話を聞けると思っていたんだが」


「何を言っているんですか、この方は事務員ではありません。この学院の教頭先生ですよ」


 その説明に、疑問しか浮かばない。


 教頭だと? イギリス校の威厳ある男とは、違いすぎるだろう。


「そっちこそ何を言ってるんだ。こんな気弱で馴れ馴れしい男が教頭だと?」


「悪かったね。わたしが教頭の地位に就いたのは、一族の七光りだよ。それと、性格は生まれつきのものだから、文句は聞かないよ」


 事務員は苦笑しながら、ぼくに文句を伝えてくる。


 納得がいく説明だが、言いたいことぐらいはある。


「ならなんで、事務室にいるんだ?」


「教頭だって事務室を使うさ。それに、本当の事務員さんは休暇中でね」


 その代理と言うわけか。


「納得した。でも今更認識を変える気はない。あんたのことは、これからも事務員と呼ぶことにしよう」


「ええ!? ……まあいいけど、本当は教頭先生だと覚えておいてね」


 話は丸く収まったが、何故かルシルが頭を抱えていて、セカイが機嫌よさそうに笑っている。


 楽しそうで何よりだが、退屈なら話に加わってほしい。


「それで、あの壊れた騎士はなんなのですか?」


「おっと、そうだった」


 話を戻すように、ルシルが質問を始める。


 大分時間がたったおかげか、事務員が持っていた恐怖は消えたらしい。


 あるいは、ルシルよりも壊れた騎士の方が怖かったのか。


「五十年ほど前の話だけど、アメリカ大陸全土を巻き込むほどの戦争があってね。その時に活躍していた、英雄の話だよ」


 もちろん、魔法使いの戦争だ。


 ぼくの知る限り、そんな戦争など聞いたこともない。


「魔法使い同士の戦争だったんだけどね。片方の陣営に、世界でも有数の強さを持った傭兵が参加していたんだ。本当の名前はわからない。ただ、剣閃の騎士とだけ呼ばれていたんだ」


 そのあだ名をつけた理由はよくわかる。


 実際に対峙して、その剣閃とやらを見たからな。


「その戦場でも大活躍でね、何万人も斬ったらしいよ。でも、最終的に殺された。首から上がないのも、左腕がないのもその時の負傷なんだ」


「へえ、魔法使いを何万人も斬るなんて。本当に英雄なんだなあ」


 そして、人間同士で戦争をしているらしい。


 異種族との戦いが続いているのに、人間とも戦っているのだ。


 でもまあ、魔法使いの隠している未知の広大な土地には、何百億人も何千億人も存在するらしいから。


 数億人ほどが戦争で死んでも、人類としては問題がない数なのだろう。


 人類にとって、戦争とは娯楽に成り下がっているみたいだ。


 広大な土地、有り余る食糧に、溢れるほどの娯楽があっても、戦争がなくならないのだから。


「斬って斬って斬って、最終的にはイギリス校の学院長に負けたみたいだ」


「あいつか!」


 本当になにをやっているんだろうか、あの男が一番戦争を娯楽だと考えているに違いない。


 それにしても、あの壊れた騎士を倒せるとは。相変わらずその強さだけは本物らしい。


「その時の戦争から、うちの学院長は怖がっているみたいなんだ」


 なんて根深い話だ、五十年も前から怖がっているとは。


 どれほど残虐な殺し方をしたのか、どれほど圧倒的な殺し方をしたのか。


「生前の話はわかりました。でも今は? なんで動き回っているのですか?」


「未練があったんだろうね。死後も暴れまわる、壊れた騎士になってしまった」


 ルシルの疑問に、嘆きながらも事務員が答える。


 未練だと? そんなものは、全ての死んだものが持っているものだ。


 満足したなんて言っても、結局は思い残しが消えてくれない。


 それでも、ちゃんと諦めて終わるべきなのに。


「見苦しい奴だな、学院長も焼きが回ったらしい」


 魂ごと消滅させておけばいいのに、意味のない犠牲が増えていく。


「なんであの男は、きっちりと止めを刺さないんだ? 動く鎧だからって、倒せないわけじゃないんだろう?」


「その目的が明確で、余計な死者を出さないからだよ。今回だって、死者は出なかった」


 そういう問題なのか? 痛い思いをしたり、怖い思いをすることも大きな被害だと思うのだが。


「その傷を癒して、もう一度挑戦すること。それが壊れた騎士の目的だよ」


「……それで、魔力を集めているのですね」


 成程な、確かに少しだが治っていた。


 多くの魔力を吸収すれば、きっと完全な鎧に修復されるのだろう。


「うん、無駄なことなのにね」


「は?」


 何が無駄なのだろうか、しっかりと成果が出ていると思うのだが。


「どれだけ魔力を吸っても、あの負傷は治らない。今までたくさんの魔法使いを襲撃して、魔力を奪っているけど、当時から全く変化がないらしいんだ」


「そんなことはない。少しだけど、治っていたぞ」


 全く、何を言っているのか。


 あれだけ分かりやすいのに見逃すなんて、この事務員はどれだけ無能なのだろうか。

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