セカイとフルーツ

 


 ルシルを叩き起こすと、この場の処理を任せて、セカイと避難する。


 壊れた騎士のおかげで、学院中が荒れ果てているからだ。


 誰もいない物陰にたどり着くと、突然セカイがふらつきだした。


「ごめん。この体は深度が低いから、これ以上は使えない。また新しい体に変えるね」


 一方的に言葉を残すと、意識のない体だけが残る。


 近くにいた誰かに引き渡していると、今まで忘れていた誰かが近寄ってきた。


「こんなところで、なにをしているんですか? お兄ちゃん」


「……フルーツか」


 存在を忘却していたな。久しぶりに会った気分だ。


「あの。傷付くので、そんな目で見ないで下さい。まるで、フルーツのことを忘れていたみたいですよ」


 勘のいい人形だ、まさしくその通りなのだから。


「どこに行ってたんだよ。楽しい祭りに乗り遅れたぞ」


 フルーツの、全てを作ることが出来る魔法があれば、壊れた騎士なんて敵ではなかったのに。


「お姉ちゃんに、おつかいを頼まれたんです。近くの街の探索や、イギリス校での後始末などですね」


 ルシルも人使いが荒いようだ。ぼく以外になら、構わないが。


「それで、どんな祭りがあったんですか? この光景から、想像は出来ますが」


「お前の親戚みたいなやつが、暴れまわっていたのさ」


「はあ? それはいったい……」


 言葉の途中で、フルーツが動きを止めた。


 不審に思っていると、すぐにまた動き出す。


「へえ、この端末は優秀だね」


 無表情だったフルーツとは違い、笑顔を浮かべて体のチェックをしている。


 これは明らかに別人だった。というか、セカイだろうな。


「あたし用の身体みたいだね。これを作った細胞を褒めてあげたいなあ」


「どういう意味だ?」


 セカイの存在なんて、誰も知らないと思うのだが。


 なにしろ、出会った生命は全て死ぬのだから。


「この端末は、あたしと近い成り立ちをしているんだよ。体と心が、一対のものじゃない。多分だけど、死んでも生き返るんじゃないかな」


「その通りだ、人形だからな」


「言ってしまえば。端末の魂に、この体を使わせているだけだよ。それはあたしがこの体を使っているのと、同じ仕組みなんだね」


 キリが作った、誰のものでもない体を、フルーツが使うのかセカイが使うのかという差だろうな。


 おかしな話じゃない。フルーツは人形なのだから、確かに魂と体には全く関係がないのだ。


 キリが作った体に、キリが作った魂を埋め込んだだけ。それらは別個のものだ。


「都合がいいんだな?」


「うん、でも魂がうるさいなあ。体を奪うなって、騒いでいるよ」


「へえ、意識があるのか」


「別のものだからね。体を奪ったから、魂を奪ったことにはならないんだ」


 いいことなのか、悪いことなのか。


 二重人格のようなものだろう。ただし意識が交代するのではなく、両立している。


「騒がしいのが、一人減るってことだな。確かに嬉しいニュースだよ」


「ああ、挑発するのはやめてよね。もっと騒がしくなったよ」


 そんなことまで知ったことか。体を奪ったのだから、魂も世話をして欲しい。


「フルーツに説明をしておいてくれ。ぼくは面倒だから嫌だ」


「あたしだって、嫌なのになあ」


 ぶつぶつと呟いているセカイに、もう一つ説明をする。


「今の状況は、セカイの本体が、フルーツに出会っているようなものだろう。消滅しないのか?」


「それは大丈夫。この端末に入った時点で、あたしの能力は、合わせたものに劣化しているよ。分かりやすく説明すると、本質世界のあたしに出会わなければ、押しつぶされないよ」


 言われてみれば、その通りか。


 さもなければ、誰かの端末に乗り移った時点で、そいつは死んでいることになる。


「でも、こういうのも楽しいかもね。どこまで教えてあげようかな?」


 意地の悪い言葉に、セカイが楽しんでいる事実を感じる。


 ある意味で、対等な存在が出来たのかもしれない。その気になれば全てを無に出来るほどに、実力が離れていても。


 セカイはきっと、こんな風に力の加減を覚えていくのだろう。


 少しづつ普通に近づいて、少しずつ楽しみを覚えていく。


 幸せと日常を手に入れるころには、きっとぼくとは似ても似つかない、なにかに変わっている。


 何一つ変わらないものは、やはりぼくだけなんだろうさ。

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