深度の低い絶対者
颯爽と現れたジャージ剣士は、徐々に劣勢に追い込まれていく。
剣の技量は、壊れた騎士が上で。ジャージ剣士は、目立ったキズが増えてきた。
壊れた騎士に斬りつけても、ダメージを受けていないように見えるので、形勢が変わることはないだろう。
「……くっ。こっちを向きなさい!」
おまけに壊れた騎士は、ずっとぼくに注目して集中すらしていない。
そんな状況で、これだけ追い込まれているのだ。
「早く逃げなさい、邪魔ですわ!」
ジャージ剣士はぼくを叱責するが、そんな隙が無いのだ。
壊れた騎士は戦いながらも、百パーセントぼくに狙いを定めているのだから。
迂闊に動いたら、ぼくを襲いだすことが想像に難くもない。そんなことは、この場にいる全員が理解している。
ぼくが逃げるためには、せめて一度だけでも注意を逸らしてほしいのだ。
「あっ!」
ジャージ剣士に期待していると、逆に競り負けてしまった。
強烈な鍔迫り合いから、その細い剣を折られてしまう。
その勢いのまま強烈な膝蹴りを腹部に受けると、蹲りながら動かなくなってしまったのだ。
「おいおい」
あれでは止めを刺されかねない。またぼくが囮になるしかないな。
一も二もなく走り出すと、壊れた騎士はぼくを睨みつける。注意を逸らせたのはいいが、どこまで逃げることが出来るのやら。
その時、倒れていた魔法使いたちが、全ての姿を消していることに気づく。
それはつまり……。
「ムゲンくん、お待たせしました。今度こそ……」
ようやくルシルが現れた。
逃げますよ、と続けようとしたらしいが。
「DDOooooDDoooooo!!」
壊れた騎士の咆哮だけで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて気絶してしまう。
ぼくにとっては、叫び声がうるさいだけなのだが、ルシルたちには覿面な効果があるらしい。
しかし余程相性が悪いのか、ルシルは本当にいいところがないな。
アメリカに来なければよかっただろうに。
「しかし、困ったな。打つ手がなくなった」
ぼくが勝つことは不可能。
助けが現れる希望もなくなった。
幸いにも動きが遅いので、逃げることが出来るかもしれないが……。
その場合は、ルシルやジャージ剣士の命が保証されない。
「別に見捨ててもいいが、助けられたからなあ」
その選択は、なかなかに難しい。
のんびりと、次の作戦を考えていると。
「……えっ?」
今までの動きが、嘘だったかのように素早かった。
集中していなければ決して避けられない斬撃が、既に目の鼻の先に迫っている。
校舎を真っ二つにするような攻撃が直撃して、命が残るわけもなく。
これで終わりだと、諦めるしかないような、生命の残り時間だった。
★
「やめなよ」
そんな小さな一言で、壊れた騎士の斬撃は止まった。
その声の主が誰かを確認する前に、異常な光景に気づいてしまう。
……壊れた騎士が、震えているのだ。
明らかに人間ではない、強き存在。多くの魔法使いを敵に回しても、圧倒的に勝利する無謀な在り方。
首から上も、左腕もない異形の鎧が、些細な言葉に全身を震わせているのだ。
「誰に手を出していると思っているの?」
声が近づいてくる。
落ち着いてみれば、なんてことはない。世界の全てを眠らせた、恐ろしい支配者の声だ。
どこに行ったかと思っていたが、こんなギリギリまでなにをしていたんだよ。
「……一度しか言わないよ。消えるんだ、そして二度と姿を現さないようにね」
その言葉をきっかけに、壊れた騎士は姿を消した。
まるで幽霊のように、ふっと姿が掻き消えたのだ。
その現実を確認すると、ぼくは助けてくれた声の方を向く。
「あれ?」
その姿は見たこともないものだった。
どこにでもいるような人間で、どこにでもいるような存在感で。
こんな奴がぼくを助けたのかと、疑問に感じるほどだった。
「セカイじゃあ、ないのか?」
「約束通り、遊びに来たよむげん。……ああ、この姿は端末さ!」
端末。ああそういえば、聞いた覚えがある。
強大すぎるセカイは、人間の体を借りないと、この模造世界に存在できないと。
本体のまま現れたら、その時点で世界が終わってしまうのだ。
「なにはともあれ、助かったよ。ぼくの死に様としては、理想から程遠いからなあ」
もう少し、綺麗な終わり方が望ましい。真っ二つにされて死ぬのは、なんだか痛そうだから。
「お礼はいらないよ、むげんを助けたのは、完全にあたしの都合だからね。……もう、一人には戻りたくないからね」
憂いを秘めた表情を浮かべている。
セカイには似合わない顔だが、相応しい顔ではあるのだ。
「アメリカに来て、早々に疲れた。でももう、あの壊れた騎士は現れないなら、少しだけ安心できた」
あんな奴に追われるのは、とても疲れる。
なにしろ、ルシルたちが役に立たなかったからな。
「残念だけど、また来ると思うよ」
「はあ? あんなに怯えていたのに?」
「この端末は、深度が低いからね。あの程度の恐怖だったら、時間があれば乗り越えられる。落ち着いたら、また襲いに来ると思うよ」
セカイの言葉に、少しだけ落胆する。
まあいいだろう、謎は解明したいからな。
あの壊れた騎士は何者なのか、何故ぼくを襲ったのか。
気になることはたくさんある。縁が切れていたら、永遠にわからなかっただろう。
初日から楽しみが出来たことは、素直に喜ばしいものだ。
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