壊れかけの騎士
事務員と顔を見合わせると、部屋の外に出た。
そこにはルシルも含めて誰もいなかった。おそらくは、悲鳴の場所に向かったのだろう。
「何があったんだ? 君もついて来てくれ、一人だと不安なんだ」
正義感の強そうな職員は、ぼくを置いて走り出す。
後ろをついていくと疑っていないのだろうが、ぼくは少し考える。
「役に立つわけがないのだが」
ぼくは、何をしに行くのだろう。
だがまあいいか。ここは魔術学院で、大勢の魔法使いとルシルがいる。
危ないこともないだろうさ。
「それにしても、何かを忘れている気がするなあ」
……いいか。思い出せないなら、必要がないと言うことだ。
必要なら、そのうち思い出す。
★
この学院は通学の必要がないのに、広大なグラウンドが用意されている。
部活のようなものがあるのか? それはともかく、その中央に恐ろしい人影があった。
「おいおい、どこかの悪魔よりも濃いぞ。それに、いつかの殺人鬼よりも殺している」
周りには多くの人間が倒れていた。生きているようだが、立ち上がることは出来ないらしい。
勇敢な事務員も、早速仲間入りしている。
その人影は、全身が鎧に包まれていて、三メートルほどの大剣を持っている。
面白いのは首から上と、左腕が肩の付け根から存在しないことだ。
「死にかけか?」
「逃げなさい、ムゲン君!」
ぼんやりと眺めていると、必死な表情をしたルシルが現れた。
「あれには勝てません! 私にはムゲン君を守る余裕はないんです、早く逃げてください!」
ルシルでも勝てない?
ぼくが驚いていると、ルシルが星の光を壊れかけの騎士に放出する。
倒れている人間を気にしていないが、問題はないらしい。壊れかけの騎士にだけ、攻撃が当たっている。
今までに見たことがないような出力のようだが、それは時間稼ぎにしかならなかった。
驚いたことに、あれは……。
「くっ。やはり、魔法が効いていません!」
魔法を完全に、無効化しているように見える。ルシルが勝てないことにも納得だ。
しかし妙だ。ルシルを攻撃するそぶりもなく、誰も殺そうとしない。
あれには、目的があるのだ。
「また来ますよ、少しでも距離をとってください!」
ルシルの叫びと共に……。
「UaaaaAaaaaaA!!」
突然の轟音と共に、よくわからない現象が起きる。
周囲の全てから、何かを奪っているように見える。どこかで見た光景だ、あれは確か。
「また、私たちの魔力を!?」
そうだ。悪魔が魂を奪っていた光景に、似ているのだ。
それと同時に、壊れかけの騎士の破損が少しずつ治っていく。
「魔力を奪うために、殺さないのか。しかし、口もないのにどうやって叫んでいるんだ?」
「のんきなことを言っている場合じゃありません! あれは魔法使いの天敵ですよ、逃げるしかないんです」
「こいつらを置いていくのか?」
倒れている人間たちを、指さしてみる。
「彼らは星に保護してもらいます。でも、誰かが引きつけなければ!」
そんな余裕はないのか。
「ぼくが行く」
魔力だけは多いらしいから、囮にはもってこいだろう。
なに、殺されないとわかっているのだ。気持ちには余裕がある。
ぼくは目立つように誰もいない場所まで走り、壊れかけの騎士をおびき寄せる。
「いいぞ。どうせ使わない魔力だ、持っていくといい」
まだ元気があるぼくは格好の獲物みたいで、壊れかけの騎士は生きのいい獲物だと認めたようだ。
「SiiiiiGaaaaaaAa!?」
先ほどと同じように咆哮すると、突然中断される。
何が起こったのだろう、ぼくに異常はないのだが。
「なんだか、苦しそうだ」
まるでめまいを起こしたようで、壊れかけの騎士は体の動きが鈍くなった。
だが……。
「WuuuUUuuUU!」
それも直に収まると、完全にぼくを目標にしたらしい。
その大剣をぼくに向けると、一目散に斬りつけてきた。
幸いにして、動きはそんなに早くない。
ぼくが間一髪で避けると、その剣閃で校舎が一刀両断にされた。それでも、到底本気には見えない。
「凄いな」
こんな光景は初めて見た。
当たったら、何回死ねるだろうか。
その光景に見とれていると、簡単に命の危機が訪れる。
だが楽しみな死後を覚悟していると、ぼくと壊れかけの騎士の間に一つの影が割り込む。
「うるさいですわねぇぇ」
見たこともない女だ。
ジャージ姿で、長いくせ毛。怨念に満ちた声を発しながら、ぼくの身を庇っている。
その手には、あまりにも細い剣が。レイピアなんて言葉では表現できない、針ほどの太さしかない剣があった。
余程視力が良くなければわからないほどの細い剣は、壊れた騎士の大剣を簡単に防いでいる。
「よく頑張りましたね、勇敢でした。あとはわたくしに任せて、後ろに下がりなさい!」
その寝起きにしか見えない剣士は、ぼくへのねぎらいの言葉と共に、壊れた騎士との戦いを始めた。
お言葉に甘えて、ぼくは大きく距離を取ることにしたのだ。
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