第四話 プロローグ

ダンジョン大国

 


「納得がいきません!」


 ルシルに事務室まで引きずられて、部屋の前で待っていなさいと放置された。


 これならぼくは必要ないよね、と考えていると室内から怒鳴り声が聞こえてきたのだ。


「どうした?」


 一瞬もためらうことなく、事務室の中に踏み入ると。


 そこには不機嫌なルシルと、哀れな事務員がいた。


「落ち着け、何があった。罪のない人間をイジメるなよ」


「誰がイジメているんですか!? 私は抗議しているだけです」


 そうは見えないから言っているのに、冷静さを失った人間は、自らの野蛮さに気づかないらしい。


 事務員がぼくに、すがるような目を向ける。助けを期待しているのだろう。


「ああ、なんだ。つまらない雑用は、弟子の仕事だ。偉大なお師匠様は、外で遊んでくるといいよ」


「……あの、そこまで露骨に追い出そうとしなくても。ムゲンくんの心無い言葉は、ショックが大きいのですけど」


 気を使って言葉を選んだのに、ルシルは傷ついた顔をしている。


 怒りは収まったようだが、露骨にしょんぼりした顔になった。


「邪魔だから、外に出ていてくれ」


「……はい」


 気落ちした顔をしているが、転勤早々に怒鳴り散らすような人間に同情の余地はない。


 ルシルが退出したことで、ようやく落ち着きを取り戻した事務員に語り掛ける。


 気弱そうな、眼鏡をかけた三十代の男だ。


「悪いね。あの人は怒りっぽいんだ」


「あ、ああ。助かったよ、ありがとう。でも、本当に君が弟子なのか? ルーシー先生より、遥かに偉そうなんだけど……」


「師弟関係は、色々な形がある」


 便利な言葉だ、個性とはあらゆる質問を封殺出来る。


 自信満々に、自分たちはこんなものだと説明すれば、疑問を持つことが無粋に変わる。


「それで、なんでルシルは怒っていたんだ。暴言でも吐いたのか?」


 その程度で怒るやつじゃないが、それならそれで面白い。


「実は、うちの理事長が逃げちゃってね」


「へえ」


「なんて言えばいいのかな、イギリス校の理事長が苦手でね。その関係者になんて、絶対に会いたくないみたいなんだ」


 あの男は、本当にルシルの足を引っ張るんだなあ。


 今回はどんな事件を起こしていたのだろうか?


 それにしても、この事務員は気安い。


 ルシルの恐怖から開放された影響だろうな。


「転勤は受け入れるけど、自分は一切かかわる気はない。好きにしろ、なんて伝言を伝えたら……」


「怒鳴りだしたと」


 どちらが悪いのか、よくわからない話だ。


 ルシルが無礼に思うのもわからないこともないが、むしろ楽になっただろうに。


「でも、真面目な奴だからなあ」


「ああ。噂通り、気難しい人みたいだね。君が現れて、助かったよ」


「まあいい。ルシルにするはずだった説明は、ぼくが聞いておくよ」


 面倒だが仕方ない、興味があるのは確かだからな。


「アメリカ校は実戦方式でね。毎日学院に通って授業を受けるのではなく、ダンジョンに潜って自分を鍛えるんだ」


「ダンジョン?」


 楽しい響きだ。


「ああ、アメリカはダンジョン大国だからね。実力を身に着けるにはもってこいなんだ。無数にあるダンジョンに潜って、最下層まで行ったり、ボスを倒したり、お宝を手に入れたりすると成績に加算される」


 ゲームみたいな話だ、楽しみが大きくなる。


「あとで専用のカードを渡すから、登録しておくといい。覚えた魔法なんかも、今までの学生証じゃなくて、そのカードに記録されるようになるから」


「わかった」


 それなら、あの学生証は用済みだな。どこかに捨ててしまえば、イギリス校に帰ることはなくなるだろうか。


「カードには、ダンジョンでの成果が全て記録される。あとは、魔力を注げば学院までテレポートできるよ」


「便利だなあ」


「魔力を使い切ってしまうし、この大陸限定だけどね。過去の偉大な魔法使いに、感謝するんだよ」


 過去の魔法使いには、凄い奴が多いなあ。


 エキトなら詳しいだろう、今度説明させようか。


「説明はこんなところかな。……それにしても、君は本当にルーシー・ホワイミルトの弟子なのかい?」


「難しいところだな」


 嘘偽りのない言葉だが、途端に疑いのまなざしを向けられた。


「見たところ魔力も感じないし、師匠より偉そうだし。……でもまあいいか、知り合いではあるみたいだからね」


 勝手に落としどころを見つけて、勝手に納得している。


「君の方が接しやすいし、正直助かる。だから細かいことは言わないけど、もっと謙虚になったほうがいいと思うよ」


 余計なお世話だが、忠告なのだろう。


 反論せず、聞き流しておいた。


「まあ、今後とも頼む」


 怒りを込めて、強く肩を叩いてやると、有り得ないことによろめいている。


「痛いなあ、やめてくれ。イギリス校とは違って、この学院の人間は魔力が低いんだ。そこまで頑強な体じゃないんだよ」


 そうなのか、初めて知った。


 イギリス校の人間は、本気で殴り飛ばしてもほとんど無意味なほどに、強い奴らばかりだったからな。


「あんな人外魔境と一緒にしないでくれよ。こっちが普通なんだ」


 そうだろうなあ、あの学院の教育方針はクーデターを起こされるほどだったから。


「そもそも、アメリカ校は魔法使いではなくて……」


 そこまで説明を聞き流していると、外から悲鳴が聞こえた。


 事務室の外、ではなくもっと遠く。


 それも、大勢の声だ。

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