幕間14

 


 あれから、長い時が過ぎた。


 全てが生まれて、全てが消えて。全てが壊れて、全てが再生した。


 ぼくの生まれた模造世界は、どれだけの犠牲の上に生まれた未来なのか。


 もう、覚えてもいない。


「しかし、楽しかったなあ」


 永遠とは、楽しいだけだった。


 セカイが何に絶望し、何を諦めたのかわからないほどに。永遠の退屈とは、楽園に等しかった。


 でも、そんな時間もそろそろ終わり。


 今度の地球は、上手くいっている。


 あと数千年もすれば、きっとぼくが生まれるのだろうと。


「え、あれ?」


 その時を楽しみにしていると、とつぜん場面が飛んだ。


 見覚えのある地下室に、一人の人間が立っている。その顔にはいつか見た、機械的なお面がある。


「成程、あの時の記憶か」


 なんとなく思い出していると、ぼくが現れた。


『へえ、趣味が悪い』


 もう一人のぼくは文句を口にすると、セカイの端末からお面を奪い去る。


 そのとき、セカイの感情が爆発した。


 究極の歓喜、探求の結末、追い求めた夢であり、待ち望んだ希望。


 どんな言葉でも形容できないほどの、圧倒的な感情が流れてくる。


「そ、うか。この時に、セカイの意識が戻ったのか」


 端末越しではなく、本物のセカイがぼくを見つけた。その気持ちは、確かに測れない。


 ……あまりの痛みに、心臓が止まりそうだ。


 なるほど。これならぼくに対する執着心にも、納得できた。


 感情の奔流が強すぎて、ぼくは歯を食いしばって意識を保つ。


『……見つけた』


 永遠に近しい時間を見てきて、初めて起こる現象。


 セカイの心の声が、はっきりとぼくに伝わってきた。


『見つけた、見つけた、見つけたよ! もう離さない、絶対に逃がさない。あたしのものだ、逃がすものか!』


 その意志に、ぼくは染まり。どこかに消えていった。



 ★



「よう」


 目覚めると、そこは光の中だった。


 真っ白な美しい世界で、目の前には俯いている小さな少女。


「……うん」


 体が自由になったことを確認すると、少し離れているセカイに近づいていく。


「凄いね、むげんは。あたしの予想より、ずっと凄い」


 誉め言葉は嫌いじゃないが、その意図が分からない。


「ただの人間が、永遠に近い時間を体感して正気でいることだよ。外の存在だとしても、その心は特別なものじゃないのに」


「特別なのか、特別じゃないのか」


 ころころと変わりすぎて、困惑してしまうよ。


「むげんが特別なのは、心じゃないよ。……心は、狂っているだけだよね」


 何を言っているのか。ぼくほど理性的な人間もいないだろう。


 理性的な人間が、衝動的に生きているのだ。


「あたしは、あたしが初めから特別だと知っていたから、特別な生き方を許容できた」


 歌うように、セカイは語る。その言葉には、諦めが混ざっているが。


「むげんは自分が普通だと思っていた、普通の人間に囲まれて生きていた」


 今だってそうだ、自分が特別だなんて思ってはいない。


 ただ、珍しいだけだ。


「なんでむげんは平気なの? 周りの全てが理解できなくて、なにもかもに違和感を感じていて……」


「……」


「あたしなら、耐えられないよ。寂しくて、泣き出すと思う。生きるのが、辛いと思う」


 それが、当たり前だったから。


 ぼくにとって、人間とはそういうものだったから。


「こんな人生は、悲しすぎる」


 ぼくが、セカイの生きてきた軌跡を見ていたように。


 セカイは、ぼくの生き様を勝手に見たのか。そして、よくわからない同情をしているらしい。


「むげんの辛さは、最初から一人だったあたしの比じゃないよ。両親がいて、家族がいて、友人がいて……」


「ああ」


「それでも、普通には生きられなかった。普通に生きようと、努力していたのに」


 それでも、珍しい話じゃない。そして、耐えられない話じゃない。


「受け入れることが出来なくて、受け入れられなくて。まるで人形(マネキン)の世界に、たった一人迷い込んだように。あれじゃあ、希望もない」


 いつか、誰かに会えるはずだ。


 自分以外の誰かに会いたいと。そう望むセカイの方が、希望に溢れていたと。


「凡人たちの逃げ口上とは違う。繋がっていないむげんは、本当に誰とも相互理解が出来ない」


 そんな一方通行な同情を、ぼくに向けている。


「辛かったね。でも、もういいんだ」


 セカイは、顔を上げるとぼくを抱きしめる。


「世界(あたし)に溶けるといいよ。むげんの苦しみも悲しみも、それで解決する」


 その優しい言葉に、体から力が抜けていくようだ。


「短い間だったけど、むげんに会えて嬉しかったよ。でもやっぱり、あたしは一人になるべきだったね」


「ぼくを溶かすことで、また一人に戻るって?」


「うん。やっぱり繋がりこそが、一番正しいんだよ。全ては一つであればいいんだ」


 それが、セカイの導きだした結論か。


 確かに繋がっていたら、ぼくの悩みは無かっただろう。


 平和な世界で、平和で生きられたのかもしれない。


 ……そんなわけがあるか!


「甘えるな!」


 ぼくは力を振り絞り、セカイの頭に拳を落とした。


「いったあああ!」


 頭を押さえながら、ぼくから離れていくセカイに文句を続ける。


「悪いけど繋がっていようが、ぼくの人生は何も変わらない。理解なんて些細な問題なんだよ!」


 あの両親は、ぼくに強い魔力があるから捨てたのだ。


 周囲に興味を持てないことは、単なる性格だろうよ。


「お前はぼくを哀れんでいるつもりだろうが、やっぱりなにもわかっていない」


 どんなに言葉を飾ったって、ぼくは自分の好きなように生きている。


 同情される覚えはないし、救われる覚えもない。


「世界だろうが、神だろうが関係ない」


 そうだ、関係ない。ぼくの邪魔になるのなら、今と同じ。


 ぶん殴ってでも、自分で進むのだ。


 ぼくは茫然としているセカイに、自分の気持ちをぶつけてやった。


「偉大な存在(セカイ)ごときが、ぼくに指図するなよ!」


 これは理不尽な言葉、優しさを踏み躙る暴言だ。


 それでもセカイの顔に、微笑みが戻った気がしたんだよ。

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