幕間13
「お前の言葉は、ほとんどが的外れで不愉快だ。理解されないことが辛かったり、一人でいるのが寂しいのはセカイの感情だろう?」
ぼくはそんな風に思わないし、そうなってほしくもない。
他者を理解しようと思うのは、自分が楽しむため。
周りに人が集まることは、むしろ迷惑なだけだ。
「特別だとか平凡だとか、そんな言葉に意味はない。自分が、どう思うかだろう?」
辛かったり、苦しい感情に、平凡や特別が関係あるのか?
辛いときは誰だって辛いし、苦しい時は誰だって苦しい。
セカイがどれだけ辛い思いをしていても、ぼくは気楽に生きている。
「ぼくは一人がいい。他人と触れ合うのは、必要な時だけで十分だ」
娯楽なんて、眺めているだけで十分すぎる。
ぼくは好奇心を満たすのに忙しいのだ。
「むげんは辛くないのかな? 自分と他人が違うことも、誰にも理解されずに一人で生きていることも苦しいよね。……そんなの、辛いよ」
「まったく。そんなのは当たり前のことだろう。みんな繋がっていることをわかっていないんだから、漠然とした孤独を感じている」
周りの人間だってそうだ。
ルシルだろうが、学院長だろうが。みんな何かに苦しんでいた。
強い力だとか、重い使命感だとか。種類が違っても、辛さには違いない。
むしろ、ぼくだけが苦しんでいない気がするほどだ。
「まあいい。とにかく、ぼくにはセカイの気持ちが分からないし。セカイにだって、ぼくの気持ちはわかっていないと理解した」
セカイの辛さはわかった。でも、特別に想う必要がないことも分かった。
なんてことはない。ぼくたちは、世界に二人だけの特別な存在ではなかっただけだ。
特別な存在が、別で二人存在したのか。もしくは、特別だと思いあがっているだけで、普通の小さな人間だったんだ。
「ぼくたちは仲間じゃない。……もういいだろう、ぼくを模造世界に戻してくれ」
神だとか世界だとか、御大層な名前が付いていても大したことはない。
ちっぽけな悩みを持って、些細なことで苦しんで。
人間と変わらない。
「……帰るの? また、あたしを一人にするの?」
「何度も言わせるなよ、ぼくたちは……」
「特別じゃなくても、仲間じゃなくても! 繋がっていないことは事実だよ。初めて出会った、他人なの」
だから何だと言うのか、一人と二人ではそこまで違うのか。
「初めて出会った、誰かなの」
困った、本当にわからない。
例えば、ジャッジの世界は悪くなかった。
自分が一人になって、誰とも触れ合えなくて会話もできない。本当の意味で自分が背景で、周りはみんな風景でしかなくて。
それではダメなのか? 一人きりではダメなのか?
「むげんにはわからないんだよ。十数年の人生では、あたしの苦しみを想像も出来ない」
「そうかなあ」
あの時、ぼくが何年の時間を一人で過ごしたのか。
記憶の片隅にも覚えてはいないが、楽しいものだった。
ぼくにとっては、今日の一日と永遠の時間は、等価値でしかないと思うのだが。
「なら、試すといいよ」
セカイがとても剣呑な顔をして、ぼくに近づいてくる。
「そうだよね、あたしとむげんは違うんだ。その人生も、生きている世界も。……だったらさ」
そして、ぼくの頭に柔らかく触れると。
「同じにしてみようか。大丈夫だよ、繋がっていないから。全く同じ経験をしても、あたしになることはない」
あくまでもセカイの全てを体験するだけで、セカイに溶けるわけではない。
ああ、その理屈は正しいのかもしれないけど。
……確か、その時間は永遠に等しいのでは?
★
始まりは、絶望だった。
まだ自意識が生まれたばかりのセカイは、自分を作った神の死を見る。
たった一人になった苦しみも、これからどうすればいいのかと疑問を持つよりも。
生命が一つ消えたことへ、根本的な哀しみを感じていた。
「この時点で理解できないんだよなあ」
ぼくの状況は極めてシンプルだ。
セカイの視点で過去を回想するわけではなく、真上から眺めている。
そして、セカイの感情が強く動くと、ぼくにも同じように伝わるらしい。
「生命が一つ消えたからなんだと言うのか」
それは仕方がないことだ。
理不尽な死ではない以上、尊重しなければならない。
神が死にたいと言うなら、止める必要はない。
宗次と同じだ。それだけのことで、何故悲しむのかわからない。
そして、蒼き星が生まれるまで、莫大な時間が流れた。
宇宙を眺めているだけで、時間なんてあっと言う間に過ぎ去る。
「へえ、これが」
セカイが端末を借りて、生命と接触する場面になる。
楽しみな気持ちと、大きな希望を持っていたセカイは。
その心を、真っ黒な絶望に染めた。
「なんで?」
よく見ても、そこまでセカイの面影はない。
みんな個性があるし、友好的で笑顔だった。ルシルたちと変わらないだろう。
「セカイにしかわからない違いか? ならぼくに見せるなよ」
セカイの視点で見て、セカイの感情を読み取っているのに。
一つも共感できないし、一つも同情できない。
あいつはぼくに、何を見せたかったんだ?
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