幕間12

 


 一度にたくさんを知ったことで、少しだけ疲れてしまった。


 それでも納得できたことも多くて、自分が良くわからない。


「もういいだろう、解放してくれ」


 自由に動かない体も、この本質世界からも。


「解放?」


「ああ、聞きたいことはもうない。模造世界に戻るよ」


 セカイが目覚めた以上は、あの終わりかけた世界も元に戻っているはず。


 いつまでもここにいる理由はない。


「そのうちアメリカに行くことになっているんだ。次の楽しみが、ぼくを待っている」


 日本に行くまで住んでいた土地だが、久しぶりには変わりない。


 とはいっても、覚えていることはほとんどないが。


 興味がないことは、光の速度で記憶から消えていく。


「むげんに帰る場所なんてないよ。むげんはずっと、一人だよ?」


 セカイは不思議そうにぼくに語る。


 そんな本当のことはどうでもいい。帰る場所がなくても、留まる場所はあるのだ。


「そんなことは知らん。いいから、ぼくを戻してくれ」


 あの薄気味の悪い地下室から、セカイの力で呼び出されたのだ。


 戻るときにも、セカイの力が必要だと思う。


「そんなの嫌だよ、むげんはずっとあたしの傍にいるの!」


「断る。ここは退屈だ」


 完成した世界は、美しすぎる。


「そんなことないよ! ここにはなんでもあるんだよ。望めば叶うし、平和に生きられる」


 ここには足りないものがないし、不満を持つ要素がない。


 セカイと、その望んだものだけが存在を許される、歪んだまま成立した在り方。


 居心地が悪いにも程がある。セカイにとっての完璧とは、他者からは不愉快なだけなんだ。


 理想とは、個人でのみ完結するんだよ。


「こんな場所は、小さな箱庭と変わらない。お前の人形に成り下がる気はないんだよ」


 神だろうが、セカイだろうが関係ない。


 ぼくに口出しをするな。


「……いやだ」


 あまりにも小さな呟き、その中には万感を込められていた。


「いやだいやだ! もう一人になりたくないよ、あたしの傍にいてよ!」


「断る。文句があるなら、お前が外に出るんだな」


 こんな小さな場所で、ずっと一人で生きているから寂しさを覚えるんだ。


 小難しいことを考えていないで、無価値な雑踏に身を任せればいい。


 それだけで、気が紛れるものだよ。


「そんなことできない。あたしが外に出ると、世界が壊れるよ」


「なんで?」


「あたしの存在は、強すぎるの。本体が模造世界に踏み入れたら、世界が終わってしまうよ」


 だから端末が必要だと。


「それならぼくみたいに、誰かを呼べばいい」


「同じだよ。本当のあたしに近づいたら、その大きさに潰される。むげんだけが特別なんだよ」


 今更教えられても困るが、一歩間違えればここに来ただけで、死んでいたのか。


 相変わらず、ぼくは綱渡りで生きているな。


 もっと安全に生きたい。


「それでも、いつまでもお前に付き合う気はない。ぼくは忙しいんだ」


 セカイが好きに生きているように、ぼくも好きに生きている。


 道が交わらないのなら、離れていくのだろうさ。


「なんで? むげんはあたしと同じだよね。たった一人で生きていて、寂しかったよね。せっかく二人になれたんだよ」


 こいつは、何を言ってるんだ?


「一人が寂しい?」


「そうだよね。誰が傍にいても、理解できないし理解されない。自分が特別だって知らなかった分だけ、あたしより辛かったでしょう?」


 自分が特別だから、理解できないのか。


 自分は普通なのに、理解できないのか。


 その二つには、天と地の差があるとセカイは語る。


「あたしには、その気持ちがわかる。自分だけが特別なルールで生きていて、誰もそれに気づかない」


 世界はとても広くて、多くの生命に溢れている。


 その中で、孤独に生きる気持ちがわかるのだと。


「あたしの傍にいて。二人なら、寂しくないよ」


 自信に溢れた言葉。ぼくが受け入れると確信しているのだろう。


 ああ、それは光栄に思うけど。ぼくたちは、完全にズレている。


「なあ、セカイ」


「なに?」


 その現実を、突きつけよう。


「お前は、ぼくの気持ちがわかるのか?」


 その言葉に、セカイは青褪める。


 わかっていたことだ。


 孤独の辛さがわかる。理解されない辛さがわかる。


 ……なんだそれは。


 ぼくは、そんなものを感じたことはない。

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