幕間11

 


「いいなあ、最高だよむげん」


 言葉だけなら称賛だと思える。でも、ぼくは確かに感じた。


 これは、セカイがぼくに牙を向いた合図だと。


「なんだと!」


 体が全く動かない。


 それに口だって動かないのに、不思議と声が出せているのが不自然極まりない。


「驚いたな。お前も魔法が使えるのか?」


 まず気になったのはその部分。


 抵抗に意味があるのか、逃げることは出来るのか。


 諦めたほうが楽なら、早くその事実に気づきたい。


「出来ないわけじゃないけど、そんなお遊びには興味がないよ。これは強制権だね。むげんを逃がさないように、世界に命令したんだよ」


 魔法だったほうが、遥かに楽だった。あくまでも、セカイの下に世界がある。


 明確な上下関係があるみたいだ。


「むげんは外の存在だからね。内のルールに効果があるなんて思わないよ。今までだって、例外ばかりだったのかな?」


「まあ、な」


 いつだって例外だった気がする。迷惑極まりなかったが。


「それにしても、むげんは大事にされていたんだね。みんながみんな、むげんのことが大好きだ」


 セカイの視線は、ぼくではなくどこか遠くを見ている。


「面白い人生を歩んできたんだね。楽しそうでなによりだよ」


 間違いない。こいつは、ぼくの過去を見ているのだ。


「ぼくのことは、視えないんじゃなかったのか?」


「視ているのはむげんじゃなくて、セカイに残っているむげんの痕跡だよ。模造世界で生きていたんだよね、それなら拾えるものがたくさんあるよ」


 例えばぼくが住んでいた場所、ぼくが出会ってきた人間。


「おい、まさかとは思うが。ぼくが怒り出さないように、動きを止めたんじゃないだろうな?」


「まさか、そんなことしないよ。でも、怒らないで欲しいな」


 セカイの声が、少し震えている気がする。こんなちっぽけな生命に、怯える必要なんてないのに。


「あはっ。ねえむげん、不思議には思わなかった? なんでみんな、むげんが大好きなんだろうか。なんでみんな、むげんが滅茶苦茶なことをしても見捨てないのかな?」


「なにも思わなかった。そんなものは知らないし、興味もない」


 関心もなければ、記憶にも残らない。


 自然の風景と、人間の営みに、区別をつけることすら難しいのだ。


「世界の全ては繋がっている、もちろんあたしともね。世界の始まりからの無限に等しい時間すら、覚えていなくても残っているんだよ」


「だから?」


「なんでもわかっていて、なんでも知っている状況で。初めて繋がっていない生命が現れた。どんな反応を見せるのか、想像はつくよね」


 興味を示すだろう。近寄ってみたいだろう。


「灰色の人生を、虹色の人生に変えたんだよ。それが今のあたしにはよくわかる。あたしがむげんを大好きになったように。全ての細胞たちも、むげんを好きになる」


 嫌な扱いだ、モルモットと変わらない。


 好奇心が満たされたら、用無しは廃棄処分だな。


「そうでもないよ。普通はそうでも、むげんは違う。言ったよね、繋がっているから、人は理解し受け入れると」


 世界の全てが繋がっているなら、最初の一人がぼくを理解することで全てが理解する。


「むげんは繋がっていないから、世界(あたし)たちは絶対にむげんを理解できない」


 そして、ぼくが全てを理解することも永遠にない。


「……そうか、やっと気づけた」


 なぜぼくは、周りを理解できないのか。


 なぜぼくは、周りと共感できないのか。


 なぜぼくは、全て(セカイ)と違うのか。


「繋がって、ないからか」


 それが全てだった。長年の、ぼくの疑問は解けた。


 努力には意味がなかった、生き様には価値がなかった。


 周りを理解する努力も、知ることが出来れば分かり合えると考えていたことも。


 全て無意味だった。全てが徒労だと断言されてしまった。


「あれ、どうしたのむげん。落ち込んでいるように見えるけど。そんなにショックだったの?」


「……そうだな、ショックだった」


 セカイに心配されるほどに、ぼくは衝撃を受けていた。


「細胞たちと理解し合えないことが、そんなに辛いの? それとも自分がたった一人だと気づいたことが悲しかった?それなら安心していいよ、むげんにはあたしが……」


「違うよ」


 そんなことはどうでもいい。


 世界に一人だとか、永遠に他人と理解し合えないとか。そんなことは初めから分かっていたことだし、疑問が解けただけ、よかったとすら思える。


 ぼくが衝撃を受けた理由は一つだけ。


「世界は素晴らしいだろう?」


「え? そんな、照れるよ」


「お前じゃない。とりあえず模造世界の話だ」


 セカイのことなんて、まだほとんど知らない。


 善か悪か、敵か味方もわかっていないぐらいだ。


「世界には楽しいことがたくさんあって、やりたいことがたくさんあるんだ。でもぼくは、楽しむ前に人間を理解しなければいけないと思った」


 人間が作った歴史があり、遺産がある以上は、その思想や感情を理解することで全てを楽しめる。


 世界の全てを余さず楽しむには、人間を理解することが絶対条件だと思っていたんだ。


 そのために、ぼくは人の話を聞いて、自分なりに理解しようと努めてきた。


 無駄に時間を使って、退屈や嫌悪感を我慢してでも。


「その全てが無駄だった。ショックを受けない方が嘘だ」


 こんなことなら、すべて無視すればよかった。


 何も気にしないで、全てを捨てて排他的に生きればよかった。


 ……でも、今更生き方を変えることは難しい。生命の価値や、人間の意味に触れてきたから。


 世界は美しい。人間は尊く、生命は儚さを持っている。


 その全てを理解してみたいと言うこの気持ちを、どんなふうに割り切ればいいのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る