エピローグ6

 


「なにそれ」


 反射的に外に飛び出した体を、グリュークスの威嚇で止められる。


 逃げられないことを悟ったぼくは、聞きたくもないことを観念しながら尋ねる。


 現実は厳しい。どうしてこうも、厄介ごとが群れを成して現れるのか。


 学院長よりも強い人間が、ぼくに関心を持っているなんて知りたくはなかったのだ。


『説教されちゃったよ、もっと無限くんを大事にしろって』


 それは何故だろう、どんな理由があるのだろう。


『私は無限くんを大事にしているんだけどねえ、あの化け物には伝わらないのかな』


「そいつは誰なんだ、二等星とは称号だろう?」


 単純に流れ星で二番目に強いのか、あるいは二人目の流れ星なのか。


 詳しいことは知らないが、それが本名だとは思えない。


『素性は知らないよ。年齢も性別も、本当に人間かもわからない。そこのわんわんみたいな存在なのかも』


『一緒にするなと言いたいが、否定は出来んな』


 不本意そうにグリュークスが頷く。


「でもお前は、実際に戦っただろう?」


『ノイズまみれだったよ。全身がぼやけていて、声も機械音と変わらない。どんな魔法を使ったかも、既に記憶から消されているね』


 そこまで徹底しているのか……。


 それでは何らかの理由で、二等星がそんな姿に見えていたのか。


 あるいは魔法によって、そんな風に認識を阻害されていたかもわからない。


『初めて流れ星と戦ったけど、あそこまで壊れているとは思わなかった』


「お前の能書きには興味がない。それよりも、ぼくとの関係性は?」


 強さなんてどうでもいい。


 問題はぼくの敵か、味方か。


『私にはわからないよ。でも間違いなく無限くんの味方だ、それは断言できる』


「理由は?」


『気づいていないと思うけど、実はたくさんの強者が無限くんを見守っているんだよねえ』


「は?」


 いきなり何を言いだすのか、まあ気づいてないわけじゃないが。


『無限くんの価値は様々だ。その異常性に興味を惹かれる者。その精神性に親しみを覚えるもの。色々な人間が見守っている』


 それは観察していると言うべきでは、実験動物のモルモットと変わらない。


『無限くんは本当に、面白い人生を歩んでいるみたいだからね。私でも把握できない、世界の大物と関わっているのさ』


 たしかに普通の人生は歩んでいないな。こんな学院の話ではなく、もっと普通の世界でも、おかしな日常だった。


『だから二等星も、そのうちの一人じゃないかな。本来は有り得ないけど、どこかで接触があったのかも』


『それはないだろうがな』


 二人は納得しているようだが、まあないこともないか。


 見たこともない場所に迷子になることは、珍しくもない。


『そうそう、話は変わるけど。君たちはアメリカに行くんだって?』


「ああ、お前のせいでな」


 ルシルの転勤に付き合わされる形だ、全くいい迷惑だよ。


 ……と言いたいところだが。


「あっちにもワールド・バンドのメンバーがいるだろうからな。ついでだし探しに行く」


 まだ一人しか見つけていないからな。


 イギリスには他にいないとわかっているのに、随分と長居をしてしまった。


 だからこの展開は好都合だ、そのままイギリスに帰らずに各国を探し回りたい。


 探し人たちが魔法使いだったなんて、とんだ誤算だった。全然ルシルが役に立たない。


『いいなあ楽しそうだ、アメリカはダンジョン大国だからねえ。たくさん回るといいよ』


 なんか、面白いことを言い出したぞ。ダンジョン大国だと。


『それとさあ、もう一つ聞きたいんだけど』


 根掘り葉掘り説明を求めたかったのに、話を変えられてしまった。


『無限君はいつまで、魔力がないことにしているんだい?』


 この話題は、避けられないか。


 仕方がないので、付き合うことにする。


『まともな魔法使いの知覚力では、魔力を感じることが出来ないだけで。初めから無限くんには凄い魔力量があることが、確定しているよね?』


『ほう、それは初耳だ。確かに友は得体が知れないが……』


 まあ、その通りだ。魔力を測定する機械を破壊してしまうだけで、ぼくの魔力は膨大だと証明されている。


 正確にはわからないが、あれからも検査を続けて魔力を測定している。


 少なくても現時点で、ルシルの十倍以上の魔力量を持っていることは、間違いないのだ。


 優秀な測定器を破壊するたびに、研究員を泣かせていることは玉に瑕だが。


『これを知っているのは、私と無限くん、あとは数人だけだ。何で隠すんだい?』


 ずっと気になっていたと、目の前の男は語る。


 だが別に、大した理由なんて持っていない。


「面倒なんだよ。会う奴らはみんな、ぼくには魔力がないと言うだろう。いちいち本当は凄い魔力量を持っていると説明するのか?」


 そもそもぼくが多くの魔法を覚えている時点で、膨大な魔力量だと保証されている。


 優秀な魔法使いは、何らかの形でぼくに違和感を感じる。


 無能な魔法使いに構っている暇はないし、そんな気もないだけだ。


『ではなんでルーシー先生に隠すんだい? 一応は師匠だし、きっと喜んでくれるだろう。君の努力は何も知られてないはずだよ』


 まあ努力なんてしていないのだが。時々呼び出されて、機械で測る。そして壊す。


 時間にして、三十分ほどの拘束だな。


「別に、面倒だろう」


『無限くんは優しいなあ、とてもいいところだと思うよ』


『どういうことだ?』


 見透かしたような学院長の言葉に、グリュークスが尋ねる。


『無限くんが弟子になるときの話だけど。偉そうに私の十分の一の魔力ぐらいだって、言ってたんだよねえ。実は最低でも十倍以上だったと言ったら、傷つけてしまうだろう?』


『確かにあの人間は、プライドが高そうだったからな。真実を知ったら落ち込むかもしれないな』


「そんなんじゃない」


 単純に理由を感じないだけだ。


 今でも魔力量を図っているのは、自分が気になるだけ。


 何も必要がない以上、誰かに語る価値もない。


 誰も、何も知らなくていい。ぼくだけがわかっていればいいのだ。

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