エピローグ7
『まったく、無限くんは難しいなあ』
『確かにな。難儀なものだ』
二人揃って、ぼくに文句を言う。
お前たちが口を挟むな。
「黙れ。それよりも、随分と仲がいいんだな」
学院長もグリュークスも、あまり他人と関わるタイプには見えないが。
『まあ古い仲だからね』
『……本当にな』
息もそろっている。年齢の分からないこいつらが、何年来の付き合いなのか。
……どうでもいいな。
『おや、私たちの話を聞きたいかな?』
「ちっとも」
そんなものを聞いても仕方がない。
魔法使いと黒犬の友情話なんて、物語に描かれていればいいのだ。
『少しだけ聞くといい。無限くんにも、少しだけ関わりのある話だから』
そんなことを言われると、さらに聞きたくない。
本当に勘弁してほしい。ぼくは柔らかく、透き通るような人生を生きたいのだから。
こんなにもドス黒く、ダイヤのように固い道を歩きたくはないんだ。
★
『私たちには、共通の知り合いがいたんだ』
抵抗もむなしく、学院長の昔語りは始まる。
『無限くんも少しは知っているかな。世界中の神々を、皆殺しにした男の話』
グリュークスも、緊張した面持ちだ。
『彼は平凡な男だった。何の力もない一般人だった。平和が好きな、優しい男だった』
懐かしそうな顔、通り過ぎた哀しみを思い出している顔。
悲劇を語る人間のようだ。
『唯一、全ての人間と違っていたのは。無限の魔力を持っていたことさ』
長い話だった。そして今はもう、この世界のどこにも存在しない話。
やっぱり聞かなければよかった。この話は、忘れることも難しい。
★
『……どうだったかな?』
語り終えた男からの質問。聞きたいことは、確かにある。
「そいつは、本当に無限の魔力を持っていたのか?」
無限とは、観測できないものだったはずだ。
『いや確信はない。無限くんと同じだよ、どんな方法を使っても、その魔力量を正確に測れなかった』
『それでも、神々を滅ぼした力だけは本物だがな』
それは凄いのだろうが、やはり無限の証拠にはならないな。
『魔法を使えなかった頃の、私の友。そして、そこのワンワンの初めての主人』
『平凡な方だった、そして誰よりも優しい方だったのだ。……だからこそ、あのような悲劇が始まったのだろう』
確かにこの話は悲劇で、神々こそが悪だと確信できるような話だった。
その男には一切の罪がない。世界が、神々が、そして人々が悪だったのだろう。
……本当に、強くそう思った。
「でもそれが、ぼくに関係あるのか? まさか、ぼくの先祖だとか?」
『全然違うよ。無限くんには、彼の片鱗すら存在しない』
そうだろうな。ぼくに似ている人間なんて、この世にはいない。
『確かにな。似ているのは、その優しい眼と……』
『無限の魔力だよ』
ここに来て、話が核心に入ったと理解する。
『私はこう思うんだよ。無限くんの魔力は、彼の魔力だったんじゃないかと』
流石にそれはこじつけだろう、つじつまが合わないことが多すぎる。
「その男は神々を滅ぼすために、魔法か魔力を使えたんだろう? ぼくは全く使えないぞ」
底の見えない魔力量だけでは、何の説明にもならない。
『彼は魔力が使えたから、死んでしまったんだ。生涯で初めて魔力を使い、体が耐えきれずに滅びた』
『逆を言えば、新しき友が死んでいないことが、一つの証拠だ』
難しく、そして強引な話だ。
ぼくがその男の魔力を持っていたとして、使ってしまったら同じように死ぬ。
だが使えないから、今でも生きている。
この理屈だと、ぼくが魔力を使えなければ、証明が出来ない。
「そうだ、お前たちは知っているだろう。ぼくに不思議なことが起きたこと。あれは魔力だったんじゃないか?」
リフィールを追っていた時、小物ドラゴンたちを消し去った。
あれがなんなのかはわからないが、ぼくの魔力が原因だったのではないか。
『それはないよ』
「どうして、そんなことが言い切れる?」
『わんわんに、そのときの状況を見せてもらったけどね。あれがなんなのか、全くわからない』
どういうことだろうか、魔法使いなら少しぐらいわかることもあるだろう。
『無限くんが痛みに叫んで、ドラゴンたちが消滅した。それは間違いないけど、その時の無限くんは何の力も発してはいないよ』
『その通りだ、新しき友は叫んだだけ。われもすぐ傍にいたが、何の力も感知していない』
それなら何故、ドラゴンたちは消滅したと言う。
『無限くんが彼と同じ、無限の魔力を持っているなら説明がつくんだ。私たちは、彼に魔力があることにも気づけなかったし、彼の力も感知できなかったからね』
同じように、ぼくの力にも気づけなかったと言いたいのか。
だがそれなら、平凡な魔力ではなく無限の魔力だった証拠になる。
「おかしいだろう、それなら魔力とは限らない。全く未知の力かもしれないだろうが」
ぼくは検査によって、魔力を持っていることは確定しているが。
そいつは何の力かわからない。だって初めて力を使ってすぐに、自らも滅んだのだから、調べる暇もなかっただろう。
『私たちは、彼と戦っていた神の言葉を聞いたんだ。無限の魔力を持っている、とね』
『その言葉が、嘘か真かはわからない。だが信じるに値するほどの圧倒的な力を、われらは目にしたのだ』
故にその男は、無限の魔力を持っていた。
そして共通点の多い力を持つぼくは、同じ無限の魔力を持っていると。
「……くだらない」
こじつけにしか思えない。
それに使えないのなら、無限に魔力があっても意味がない。
『無限くん、決して力を使ってはいけないよ』
「使えないんだよ」
普通の魔法使いなら、魔力や魔法を使わなくても身体が強化される。
体の内にある魔力が、自然と強化するらしいのだ。
それだけで常人の何倍もの身体能力になるらしいが、ぼくにはそれすらもない。
確かに超人と呼べるぐらいの力はあるが、それは魔力とは関係がない。
なぜなら三流の魔法使いですら、無意識の強化でぼくの身体能力を遥かに凌駕する。
そのぐらい、ぼくに魔力は縁遠い。
検査をした上で、本当に魔力があるのか不安になるぐらいだよ。
『魔力量を測ったり、たくさんの魔法を覚えることは問題がない。でもそれ以上は駄目だ、本当に命を落とすかもしれない』
『忘れないでくれ。その忠告のために、われらの恥をさらしたのだから』
友を守れなかったこと、主人を守れなかったこと。
苦い過去、身を切り裂くほどの強い後悔。
そんなものを晒してまで、ぼくに忠告をしたかったらしい。
「だから、魔力なんて使えないんだよ」
そうだ、結局はそこに収束する。使えないのだから、どうしようもない。
いつか魔力を使えるようになったら? その時は、その時。気分次第だよ。
誰かに何かを言われても、ぼくが変わることは有り得ない。
だからこの時間は楽しい時間で、同じぐらい無駄な時間だったのだ。
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