エピローグ5

 


 ヴィーがどこかに消えたので、次の予定が未定になった。


 謎解きは回答者が居なければ、決して成り立たない。


 他に思い当たる人間は……。


『友よ』


 考え事をしていると、目の前の景色が歪む。黒い裂け目のようなものから、黒犬が現れた。


 道のど真ん中だと言うのに、豪胆なことだ。すれ違う通行人たちは、驚きつつも混乱には届かない。


 流石に、魔法の世界にある街だと言うことだ。


「グリュークスか」


『ついてきてくれ、呼ばれている』


 その言葉は端的過ぎて良くわからない、それでも悩むことはない。


「わかった」


 ぼくはその足で黒い裂け目に入っていく、別に黒犬を信用しているわけではない。


 ただ悩むことが面倒だっただけだ。



 ★



 その先にあったのは、誰かの病室だ。


 殺風景な部屋で、中心には一人用のベッドが置いてある。


 確認すると、それは学院長だった。


「おお、なんだこれ?」


 異様な光景だ。その全身には、よくわからない機械が無数に張り付いている。


 死にかけるほどの傷だったと聞いたので、これは生命維持のためにものかもしれない。


 いつかの教師とは違う。


 その肉体には、傷の一つもなく。その内側にだけ、致命的な傷を受けていると聞いた。


 顔だけが見える状態だが眼を閉じていて、まるで生者の気配もない。


 少なくてもぼくを呼びつけたり、会話を望めるような状態ではなかった。


『やあ、無限くん。元気だったかな?』


 この場所にいる意味もないので、さっさと退室しようと考えた瞬間。


 ぼくの頭に誰かの声が響いた。聞いたことがある声で、それはつまり……。


『あれ、聞こえているよね? 無限くんには魔法が通じないから、そこのわんわんに協力してもらっているんだ』


 陽気な声が鬱陶しい、元気な声が煩わしい。


『わんわんではない。人に協力させておいて、その態度はなんだ』


『人じゃないだろう。そんなことを言わないでくれ、古い仲じゃないか』


 二人の会話はとても気安い、確かに古い仲なのだろうと思えた。


『友よ。これはいつものように、脳波に語り掛けているのだ』


『すまないねえ、口どころか指一本動かないんだ。慣れないだろうけど、受け入れてほしい』


 場を落ち着けるように、二人は説明する。


 一切の変化がない学院長と、ベッドに飛び乗ったグリュークス。


 なんて会話がしづらいのだろうか。


『いやあ、大変だよ。これだけの怪我をしたのは、何百年ぶりだろうねえ』


 その声には、楽しさが隠れている。戦闘狂には幸せな結果なのかもしれない。


『強かったなあ、再起不能まで追い込まれてしまったよ。次こそは勝つけどね』


『バカめ、あれは世界の外側にあるものだぞ。われらが勝つことなど出来ん』


『そんなことはないさ、いつかは勝てる』


 しみじみと語る学院長に、辛らつな黒犬。


 詳しくは聞いてなかったが、この男に何があったのだろうか。


「誰に負けたんだ?」


『流れ星さ』


 ぼくの言葉に、学院長は即答する。だから、それはなんなのだ。


『わんわんが言った通り、世界の外側の存在だよ。この世界には、限界ってものがあるんだ』


『そうだ。あるラインを超える強さを持つ魔法使いは、この世界に存在できなくなる。同時にこの世界の狭さに絶望して、外に飛び出していく者たち。それらを総称して、流れ星と呼ぶ』


 要するに、想像できないほどに強い奴らってことだ。


 それ以上のことは、まだ理解できない。


『それも二等星だからな。勝てるわけがない』


『いやあ、触れることも出来なかったよ』


 笑いながら過去を振り返る学院長、負けたことを当然だとわかっているのだ。


『あれらに勝つことが、私の人生の目標なんだ。なかなか星には手が届かないけどね』


『不可能だと言っているだろう』


『そんなことはない、だって子孫なら手が届きそうだからね。私だって大丈夫さ』


 子孫。この男の子孫なんて、一人しか思い当たらないが。


『もちろん、ルーシー先生だよ』


『……確かに、あの人間なら届くか』


 驚きの言葉だが、グリュークスも納得している。


 その理由はなんなのか。


『世界最高の魔法使いって称号はね、次の流れ星候補のことなのさ』


「へえ」


 そんな意味があったとは、確かにルシルには大げさな呼び名だと思っていたが。


『無限くんも気付いていただろうけど、ルーシー先生は大したことがない。確かに優秀だよ、その魔法は万能だと言ってもいい。それでも私には勝てない」


『この世界でも上位の強さだろう、だが頂点には程遠いだろうな』


『そんな人間が、世界最高の魔法使いだと呼ばれる。その理由は実力ではなく、期待の表れなんだ。まあ流れ星の一人になれたら、確かにそのぐらいの実力は身に着けているだろうけど』


 それはいつの話なのか、何百年か何千年か。


「他の世界に行ける魔法使いは、流れ星と呼ばれるのか」


 随分とお手軽な話だ。それだといつか自由に世界を超える事が出来る魔道具を作成できれば、全員が流れ星と呼ばれる。


『もちろん違うさ。他の世界に渡り一度でも帰還出来て、初めて流れ星の一員になれる』


『異世界に渡ることは、ほとんど不可能と言える。この男ですら、一瞬も生きていられないぐらいだ』


『もちろん私では、異世界には行けない』


「あれ、でもお前は異世界に行っただろう?」


 確かに、あの気味の悪い扉をくぐっていた。


『あの扉の行き先は異世界じゃない、二等星の作った空間だったよ』


 聞けば聞くほど、恐ろしい話だ。


「あの二等星は何で、学院長にケンカを売って来たんだ?」


『もちろん、無限くんが理由だよ』


 何を言っているんだこいつは、先の話を聞きたくなくなった。


 どうせまた、厄介ごとが待っている。


 耳を塞いで、ダッシュで逃げようかと本気で思った。

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