エピローグ4

 


 退屈を消費して、小さな謎の答えを得た。


 もうこの店には用がない、次の謎解きに向かうとしよう。


「行くのか?」


 ゆっくりと立ち上がったぼくに、エキトからの確認の声。


「ああ。お前に聞きたいことも、なくなったからな」


「フルーツがまだ戻ってこないけど」


「そんなのは知らない。ぼくは旅に出たと伝えてくれ。二度とは帰らない覚悟を持っていた、と」


 悲壮感と焦燥感を滲ませて、情緒たっぷりに伝えておいて欲しい。


「努力するよ、次はどこに行くんだ?」


「その辺を適当に歩く、どうせ向こうが見つけてくれるさ」


 そもそも居場所なんて知らないし、あいつがぼくの行動に気づかないわけもない。


「じゃあな」


 そのまま、後ろを振り返らず。


 ぼくは街に繰り出した。



 ★



 ぼんやりと街を歩くだけでも楽しい。


 様々な人波は、ぼくに様々な色を映し出す。


 平和な人々、戦争の傷跡、そして不審人物。


 見て見ぬふりをしたいが、どうあがいても目的の人物なので、声をかけるしかなくなった。


「何をしている?」


 そこにいたのは、弟子を連れずに歩くヴィーであった。


 その右目で全ての未来を見通し、訪れる全ての結果を支配する魔女は。


 両手にクレープを持ち、幸せそうに齧りながらぼくを見ていた。


「やあ。むーくん、一つどうだい?」


 その両目は布で隠されていて、絶対に前が見えないと思う。


 それでもヴィーの行動にぎこちなさなど全くない、まるでファッションで身に着けているだけのようだ。


「じゃあ、場所を移そうか」


 ぼくがクレープを受け取ると、ヴィーは唐突に歩き出した。


 場所を移すと言ったが、目的地があるわけじゃないらしい。


 二人で街の中をゆっくりと歩く、すれ違う人たちがヴィーに不審な目を向けてくる。


「これはこれで楽しいな」


 隣を歩く人間を、周りの人々が注目する。


 決して良い感情ではないが、どうしても気になるのだろう。


 そんな光景を、ぼくは第三者として眺めている。とても興味深い。


「楽しいでしょう。この布は力を抑えるものだけど、こうやって遊びにも使えるよね」


 こいつの悪趣味な遊びには興味がない。平和な光景にさざ波を立てて、いったい何が面白いのか。


 それは調和を壊すもので、完成された一枚の絵画に、シミを付けるような行いだ。


「質問がある」


「なにかな?」


 分かっているのに、ヴィーはわざと尋ねる。


 会話が必要なのだろう、ぼくとしては結論だけでいいのに。


「クーデターの内容は?」


「もちろん、全部知っているよ。シホちゃんにアドバイスをあげたでしょ」


 そういえば、そんなことを言ってたような。


「むーくんは相変わらず面白い人生を歩んでいるね、わたしにも見えないことだらけだよ」


 その言葉は本当か、あるいは謙遜しているのか。


 腹の探り合いは意味がない、質問とは直球であるべきだ。


「お前に聞きたいことは一つだ、リフィールとの戦いで……」


「むーくんの血を吸った悪魔が、何故苦しんだかって?」


 本当にたちが悪い、ちゃんとわかっているようだ。


「わたしも見ていたんだよ、やっぱりお芝居はリアルタイムがいいよね」


 最初から最後まで、こいつはどこかで見ていたようだ。


 まあその眼があれば、簡単だっただろう。


「あの悪魔も面白かったよね。純粋な悪魔が人間に影響されて、まるで吸血鬼みたいになっちゃった」


 確かに面白い奴だった、もうあまり覚えていないけど。


 あとひと月もすれば、記憶の欠片も残らないだろうな。


「あいつはぼくの血を吸って、自分が人間に近づいたと言った」


 その証拠に力が弱まり、融合した人間の部分が強まったと。


 何故そんなことが起きるんだ、それが当たり前なのか?


「当たり前じゃないよ。人間の血を吸ったら人間に近づくなんて、絶対に有り得ない」


 ヴィーはそう断言した。それなら、あれは何だと言うのか。


「むーくんはさあ、水風船なんだよね」


 突然何を言いだすのか。切り口が突然すぎて、よくわからない。


「中身がたっぷり詰まった水風船。隙間なんて全くない、決して壊れない限界の器」


「……はあ」


「そんなものに牙を突き立てたんだ、逆流するのは当たり前だよね」


 少しだけわかってきた、その理屈は正しい。


 水の詰まった風船に牙を突き立てれば、その血を流し込むよりも先に、その水が口の中に入るだろう。


 問題はその水の正体だ。


「それはわからないよ、わたしにもね」


「役に立たない」


 そこが一番重要だと言うのに。


 人の文句を聞き流し、ヴィーはけらけらと笑う。


「信仰心の話じゃないけどさ。むーくんの自分は人間だって気持ちが、悪魔に流れ込んだんじゃないかなあ。実際にそういう例はあるんだよ、洗脳するはずが逆に洗脳されたりとか」


 ようは力の強さ、あるいは意志の強さだと言うことか。


 誰が相手でも、何が相手でも関係ない。


 強い奴が強くて、弱い奴が弱い。


 これもただ、それだけの話なのか……。


「わたしにもわからないけどねえ、むーくんは本当に難しいなあ」


「何言ってんだ、お前には全部見えているんだろう?」


「うーん、実はむーくんに関することは、ぜんぜん見えないんだよね!」


「は?」


 突然何を言いだすのか、今までも散々見てきただろうに。


「あ、そろそろ行くね。頑張るように、むーくんの先行きに幸福が待つように」


 軽く手を挙げて、どこかに行ってしまった。


 あいつの言葉はいつも曖昧だ。


 理解しようとは思わないが、全てが回りくどい。


「案外、本当かもな」


 ぼくの未来が見えないこと、事実かもしれない。


 他の人間には、具体的なことを言っているらしいから。


「まあ、そのほうが面白いか」


 未来が決まっていてはつまらない。


 それでもきっと、全ては初めから決まっているのだろう。


 誰かが決めた人生を、不満を抱えながらも歩いていく。


 そんな理不尽に、ぼくは満足していた。


 その全てには、いつだって自らが含まれていないとしても。

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