エピローグ2
そういえば、と。何かを思いだす。
「お前は、いつの間に生き返ったんだ?」
隣でケーキを食べているフルーツを見つめる。そんなものどこにあったんだ、ぼくにもよこせ。
「全てが終わった次の日です。お姉ちゃんが迎えに来てくれました」
フルーツから奪ったケーキを食べると、なんとなく高そうな印象を受けた。
冷蔵庫に置いてあったらしいので、後でエキトに怒られるだろうか。
「あの時は世界の終わりかと思いましたよ、悪魔なんかよりよほど怖かったです」
フルーツが殺されて不機嫌極まったルシルと、フルーツを殺されて怒りが極まったキリとの戦い。
星々が舞い踊り、人形たちが暴れまわる、それはそれは見事な終末の光景だったのだと。
惜しいものを見逃した。
「フルーツが説得しなければ、凄い被害が出たのかもしれません」
こいつはまた、魂だけで苦労したのか。
まあ放置すると、一つや二つぐらいは、国が亡ぶからなあ。
そのぐらい、あの二人の相性は悪い。
「ただいま、留守番ご苦労さん」
エキトが帰ってきた、随分と速いな。
ケーキを隠す時間もないな、慌ただしい。
「聞いてくれよ、また無理を……。あれ、それ食べちゃったの?」
「食べたな」
「もちろんです」
最後の一口をフルーツにくれてやると、呆れたようにこちらを見るエキトに開き直る。
「何か文句でもあるのか、客人がもてなされるのは当たり前の権利だろう?」
呼ばれて来たわけではないが、ここは押し通そう。
「確かにその通りだね。ああ、父上への土産だったけど仕方ないか」
「なに、社長への土産?」
それはいけない、あの男には色々と揉み消してもらっているからな。
あまり会う機会もないし、機嫌を取っておくか。
「フルーツ、買ってこい」
「一人で、ですか?」
「急げ」
「……わかりました。エキト、お兄ちゃんをお願いしますね」
流石にこの店で、近くにエキトがいれば、安心だと理解しているようだ。
エキトから金を奪って、フルーツはケーキ屋に向かった。
「慌ただしいな」
「それはお前の方だよ、何がそんなに忙しいんだ?」
本当に忙しそうなのだ、こいつに何があったんだろう。
「無限こそ、大変だろうに」
「大変じゃない」
数日前を思い出す。
うん、やはりぼくは大変じゃない。
★
クーデターが終わり、敵側の処分は決定した。
だが学院長側が全くのお咎めなしだったかと言うと、そんなこともない。
そもそもなぜ、クーデターが起きたかと言う話に遡る。
だってそうだろう、学院長の横暴は昔からだ。
貴族共の考えも、異種族の考えも大して変わらない。
それなのに、何故今になって、奴らは行動を起こしたのか。
「全部、無限のせいだよね」
誠に遺憾だが、そうらしい。
認める気は全くないが、事実だけを追うと全ての原因がぼくに収束する。
「全てはルシルが悪い、と主張したい」
ルシルの大きな成長、それがクーデターが起きた原因だ。
そもそもこの学院は、理事長が一人いれば全てが解決するほどの戦力があった。
それだけで過剰戦力が過ぎるほどだったのに、ルシルが入ってきた。
始めは何の問題もなかったのだ。
「役立たずの代名詞って、噂だったのにな」
エキトの言葉に同意する。
世界最高の魔法使いだと、周りに警戒されていたルシルだったが、そんなのは買いかぶりだと判断された。
弟子の一人も作れない、欠陥魔法使いだったからだ。
魔法使いの一番の目的は、弟子を作って自分の魔法を引き継がせること。
どれだけ凄い魔法使いだとしても、一代限りだと言うのなら誰にも評価されない。
「公式には、って意味だよ。一人でやっていくのなら問題はないんだ」
強さだけを追い求めたり、たった一人で魔法の深淵を極めるとかなら、素晴らしい魔法使いだと言えただろう。
だが魔法政府に認められたり、次の学院長を目指すのならば最低の評価しかもらえない。
ルシルが追い求める目標で考えるなら、全然ダメなのだ。
「このまま壊れていくと、思われていたんだ」
弟子も作れず、全てが上手くいかなくなったルシル。
誰の目から見ても、このまま堕ちていくのは明らかだった。
何の手出しも必要ない、注目する価値もない力だけの役立たず。
そんな評価は、あっという間に一変した。
「無限に出会ったからな」
その通りだ。ぼくに出会い、初めての弟子が出来たルシル。
ぼくは何も知らなかったのだが、ルシルはその時点から魔法政府に一人前だと判断された。
今まではただの便利屋だったのに、全ての魔法使いから一目置かれ、奥底から自信が身に着いたらしい。
周りの評価もあっという間に消えていく存在から、いずれは魔法社会の頂点にまで上り詰める傑物にまで変わった。
弟子が出来るとは、それほどまでに価値があるのだと。おまけに自分の魔法まで、ちゃんと受け継いでもらえたのだ。
優秀だと認められる条件は、すべて満たしたと言えよう。
「しかし、一人きりだぞ? そこまでのものかねえ」
「当然だよ。今まではルーシーの魔法なんて、どれだけ凄くても誰も習得できないものだと思われていたからね。他の人間も使えるなら、いくらでも価値が出る。それに魔法使いは長寿だ、今は無理でも寿命を迎えるまでに、何人か弟子が出来るかもしれないだろう?」
それはつまり、魔法社会にとって価値があると言うことか。
とにかくルシルの評価が上がったことで、この学院の評価は桁外れに上昇していく。
学院長一人なら奇跡さえ起これば、状況が変わると思っていたのに。ルシルがいると絶望的になる。
二人が同じ一族だと言うことも、関係があるのだろう。
「だから、クーデターが起きたと」
今ならまだなんとかなる、今を逃したら永遠に機会がない。
そう思っての、事件だった。
全てが返り討ちで、惨めに敗北した。……決してそんなことはなかった。
ここで話は戻る、学院長側のお咎めの話だ。
「ルシルと学院長が揃っていると、あまりに危険すぎる。だからルシルは暫くの間、姉妹校に転勤だと」
ようは戦力が集中しているからまずい。あまりにも強すぎるから、周りに恐怖され攻撃される。
だからルシルはアメリカ校に行け、という理屈だ。
いくらでも跳ね除けられただろう、いくらでも拒絶できただろう。
だが根本的に人がいい、ルシルはその命令を受け入れた。
そんなことはどうでもいいのだが、不思議なことにぼくまでも付いていくことになったのだ。
「それは仕方がない、無限はヒーローだからね」
……頭が痛い、今すぐにどこかに旅に出たい。
今回のクーデターは、世界中の魔法使いに注目されていた。
当然と言えば当然だ。世界一の魔法学院で、これだけの被害がある戦いがあったのだから。
つまり、ぼくの姿もバッチリと見られていたのだ。
ジャッジやリフィールの魔力が凄かったから、ほとんどの魔法使いは、様子を
「おかしいだろうが、なんで魔法を使えなくて戦えなかったぼくに注目が集まる!」
「そこが凄かったんだよ」
リフィールに対する啖呵や、ぶん殴ってやったこと。
強いのか弱いのかわからないところ。どんな苦境や困難があっても、何一つ変わらない自分を貫くところ。
そして、グリュークスへの態度。
その辺りが、世界中の凄い魔法使い共に凄く評価されてしまったらしい。
そしてルシルの弟子だと、大規模なお披露目会にもなってしまった。今まで逃げてきたのに。
なんとか、アメリカでは大人しく生きよう。
そして、この評価を全て風化させるのだ。
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