クーデターの終結

 


 動くと決めたら、一瞬だ。


 ぼくが納得すると、途端にグリュークスは抑えていた速度を上げた。


 どれぐらいぼくに気を使っていたかは知らないが、あまりにも速すぎて、即座にスェルトの近くまで辿り着いてしまう。


 おかげで体調はさらに悪化する、早く終わらせて帰りたい。


「やはり来たな、下等生物。それに、何故貴方が邪魔をするのですか?」


 下等生物とはぼくのことだろうが、流石にグリュークスには敬意を持っているらしい。


 一目見て逃げ出すほどには、この黒犬のことを知っているのか。


 スェルト以外にも、この場には十体ほどの竜が集まり、ぼくたちを囲んでいる。


 そんな有利な状況でも敵対を避けたいと思うほど、グリュークスを恐れているのだ。


「遥か太古から存在する尊きものよ、人間など滅ぶべきでしょう」


 地の底から響くような、あまりに人間とは違う声。


 低く、重く、耳の残る嫌な音。


 それは本当に、ぼくの頭を痛めつけるのだ。


「そこの個体はまだしも、人間種などこの星の覇権を握るに相応しい存在ではない」


 本当に、どいつもこいつも同じことを言う。


 まあわからないでもない。エキトの話では世界最強の存在が人間でも、種族としては最弱らしいからだ。


 スェルトの目からは、何故人間が畏怖されているのか、とても理解できないのだろう。自分たちを若き竜とか言ってるから、まだ真実を目にしたことがないのだ。


「我らと共に行きましょう。赤き竜を復活させ、この世に破滅をもたらすのです!」


 言葉に熱が乗っている。自らの言葉を否定されるわけがないという思い込み、借り物の力で最強になったと勘違いしているからだ。


 ずっと思っていたが、こいつは人間を憎んでいるのではない。


 ただ力をぶつけたいだけ、好きなように暴れたいだけなのだ。


 低次元な理屈付けは、同種の奴ら以外には誰にも理解されないだろう。


『くだらんな』


 その言葉通り、黒犬は一言で切って捨てる。


『勘違いするな、傲慢な竜よ。われは古くから存在する異形のもの。人間も竜も、この世の全ての生物は塵芥と変わらない。その気になれば、直ぐにでも滅ぼすことが出来る脆いものだ』


 怪しいものだ。この世界には強い奴がたくさんいることを、ぼくは知った。


 最強を名乗るような奴は、いつでもより強い奴に簡単に負ける。


 その証拠に、神だとか魔王だとか。その多くが、ただの人間に滅ぼされている。


『我が動くのは友のためだ、断じて人間のためではない!』


 怒りのままに咆哮を放つ。竜たちは恐怖を感じているようだが、ぼくの頭痛も一層深まる。


「ならば死ぬがいい、行くのだお前たち!」


 スェルトの号令で、周りの竜たちが一斉にぼくたちを襲う。


 命令した本人は、どこかに逃げてしまった。


『なんと情けない。竜たちよ、あんなものに従うのか!』


「黙れ、我らにとっては赤き竜の復活こそが悲願なのだ! そのための捨て石になることは、本望でしかないわ」


 グリュークスの嘆きは、若き竜たちに否定される。


 必死の覚悟、決死の戦いには、格上に対する恐怖も敬意も消え去っているみたいだ。


「時間を稼ぐのだ。尊きものが相手でも、命を捨てれば数分は稼げる」


「我らの覚悟を見せるのだ!」


『侮るなよトカゲども、貴様らなど……』


 十体の若き竜たちが、覚悟の咆哮を上げて突撃して来たその時。


「うるさい、黙れぇぇぇぇ!」


 ぼくの頭痛は、限界に達した。



 ★



 自らに起こったことが、とても理解できない。


 あまりの痛みに、つい大声を上げてしまった瞬間、ぼくの身体から周囲に向けて、エネルギーのようなものが放たれた。


 それに触れた瞬間、全てのものはゼロになった。取り囲んでいた竜たちも、上空の雲や、地上の景色も一変する。


 幸運なのは、その範囲が数百メートル程度だったこと。だが、その範囲の中では全てが消えた。


 何かの攻撃を受けたとか、いつかの景色のように全てが白くなったわけじゃない。


 何の痕跡もなく、世界から姿を消したのだ。


 残ったのは、ぼくとグリュークス。


「頭痛が、消えた」


 あれだけ煩わしかった痛みが、完全になくなった。


 その事実に比べれば、目の前の光景なんてどうでもよくなる。


『何が起きたのだ?』


 グリュークスの戸惑いの声。


 だが、その答えはわからない。


「知らん、それよりもスェルトを追うぞ」


『……了解した、友よ。確かに今は、あのトカゲを仕留めることが先決だろう』


 切り替えが早いだけか、ぼくが隠し事をしていると追及を控えたのか。


 とにかく全てを棚上げにして、ぼくたちはスェルトを追う。


「頭痛がなくなったから、本気を出していいぞ」


『ほう?」


「お前がまだ、手加減しているのはわかっている。早く終わらせよう」


 空の旅にも飽きた。早く帰って眠りたい。


『いいだろう、楽しみを終わらせよう』


 その言葉と同時に、グリュークスの速度は光を超えた。


 ぼくのことはしっかりと魔力で守り、スェルトの魔力を目印にして速度だけを高めたのだ。


 終点は決まっているのだ、何かを悩む必要はない。


 全速力で空を飛行しているスェルトの姿が見えた、今のぼくには全てが止まって見える。


「な、なに! が、ああああああ!」


 気が付いた時には、グリュークスがスェルトの身体を貫いていた。


 戦いなんて存在しなくて、ただ光を超える速度で飛行していただけ。


 それで全てが終わってしまった。


 ぼくたちには血の一滴も付いてはいない。スェルトの生きていた痕跡は全て、グリュークスがその暗黒の体内に飲み込んでしまったのだから。


 全てはあっさりと終わった、残るものは何もない。



 ★



 こうして今回のクーデターは、全てが終わったと言えるだろう。


 奪われた宝石は、しっかりと回収できた。


 スェルトに利用されたことで、かなり魔力を消耗したようだが、まあなんとかなるだろう。


『さて、戻るか友よ。今回は多くの謎があるのだからな』


「お前も来るのか?」


『当然だ、しばらくは友の傍にいる。それだけの功績はあるだろう?』


 功績はあるのだろうが、しばらくとはどれぐらいか気になる。


 永遠に近い時間を生きている黒犬にとって、しばらくとは何日ほどだろう。


「そうかい」


 それはまあいい、それよりも残った謎が気になる。


 全てとは言わずとも、一つや二つは明確に答えが出てほしいものだ。


 でもそれすらも面倒な気もする。このまま逃げたいなあ。


「うん、そうしよう。グリュークス、このままどこかに逃げようか」


『……今、何と言った?』


「しばらく、どこかに遊びに行こうと言ったんだ。ぼくたちは頑張ったんだから」


 それぐらいの功績はあると思う。しばらくしたら学院に戻ろう。


 うん、半年ぐらいは静かに過ごしたい。


『無論、われは構わんが』


「それはどういうことですか、ムゲンくん」


 そんな声に、ぼくは深く目をつぶった。


 世界には謎が一杯だ、何故こんな空の上で聞き覚えのある声がするのか。


「なんとかシホを振り切って、あの竜の居場所に先回りしていたんですよ! 様子を見ていたら、いきなり全てが終わってしまって」


 ああ、やはり関わるべきじゃなかった。


 グリュークスと二人で、世界の果てにでも逃げるべきだった。


 スェルトなんてルシルに任せて、ぼくはのんびりしていればよかったんだ。


「聞いているのですか、ムゲンくん! 私たちを置いて、一体どこに……」


 これ以上疲れたくなかったので、ぼくは全てを聞き流してそのまま眠りについたのであった。


 グリュークスの背中は、やっぱり気持ちよかった。

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