頭痛と再会
「これは、なんだ?」
ぼくと、学院長を除いて全てが止まった。敵も味方も関係ない。
空を流れていた雲や、ルシルたちの魔法なども完全に動きを止めている。
動揺しながら、周囲を見渡していると。
「赤い光?」
学院長のすぐ近くに紅い光で出来た、二メートルぐらいの大きさで扉の輪郭が生まれる。
輪郭から、まるで血が流れるように光が溢れ、その空洞を埋め尽くした。
扉を埋め尽くす赤い光はまるで、醜い泥のように見える。そして、人の顔が当たる程度の位置から、細く長い腕が飛び出す。
その美しい腕が、学院長を挑発するように小さく手招きをした。中に入れと言いたいのだろうか。
「ははっ、ははははは!」
その不気味な光景を目にして、学院長が見たこともないほどの狂った笑いを発する。
「ようやくだ、ようやく出会えたぞ流れ星! 高名な二等星が、私をご指名とは光栄だよ」
喜びには狂気が混じる。どんな理由があるかは知らないが、学院長の喜びは尋常じゃない。
その姿を興味深く見ていると、何者かがぼくを見ている気配がした。
それが誰かはわからない。推測するにぼくには見えないが、あの腕の持ち主だろうか。
「……?」
その視線の意味が分からず、首を傾げていると、とてつもない頭痛を感じた。
「な、んだこれ?」
頭が割れそうだ、気分が悪くなり膝をついてしまう。
なにがあったのだろう。とある幻を見たせいで、とてつもなく体調が悪くなった。
そう、不思議で有り得ないものを幻視した。
姿を見たこともない、あの気味の悪い腕の持ち主がまるで、ぼくに微笑んだような姿だ。
顔の見えない、人の輪郭だけの何かが、まるで親しいものに向けるように。
とても穏やかで、ぼくの存在を心の底から喜んでいるようなその笑顔が、たまらなくぼくの頭を痛めつけるのだ。
「おや、無限くんも無事だったのか。凄いね君は、この世界に存在できるなんて」
何を言っているのかわからない、そもそもが何を話しているのか聞き取れない。
「いま私は、ずっと追い求めていたものを見つけたんだよ。傍に祝福してくれる人間がいて嬉しい」
痛みと苦しみが、ぼくを苛む。
なんとかしてくれ、気絶させてくれ。
視界がぐるぐると回って、上と下もわからない。
「まず一人目だ、君を倒すことから始めよう。全ての流れ星を、地上に落ちる前に粉々に破壊してやる!」
視界のどこかで、学院長が赤い泥に入っていく姿が見えた。
それでようやく、役目を終えたかのように止まった時間が動き出した。
★
元の世界に戻ると、少しだけ体調がよくなった。
それでも頭は痛むし、上手く働かないことを自覚する。
「どうしたんだ無限、急に倒れて」
エキトの心配する声と、突然姿が消えた学院長に動揺する声が響く。
それだけで頭に響いて、自然と機嫌が悪くなる。
「なんでもない、それよりも……」
この痛みをなんとかしてくれ、そうエキトに伝える前に。
「……え?」
エキトの肩に噛みついている、少し前に知り合った誰か。
人間を嫌い、異種族を尊く考えている存在。
そう、確か名前はスェルトだったと。ぼくはゆっくり思い出した。
「ようやく隙を見せたな、下等生物が! 貴様が所持しているのは知っていたが、まさか自らに同化させていたとはな」
エキトに傷は一つもついていないのに、スェルトの口には赤い宝石のようなものが咥えられている。
あれは確か、預けられていた赤い竜の心臓だったか。
「貴様らには過ぎた代物だ、これは我ら竜族にこそ相応しいものだ!」
崩れ落ちるエキトを突き飛ばすと、スェルトは距離を取り変身を始める。
その姿はまさしく竜だった。十メートルを超えるほどの体長に、真っ白な全身と青い翼。
まさしく物語に出てくる、凶悪な竜だと言いたいが。実際には勇者に協力するような、人間の味方をしていそうな姿に見えた。
「これでもう、こんな場所には用がない。まったく苦痛な時間を過ごしたものだ」
翼をはためかせ、空に浮かぶ。その姿を見て、動揺から立ち直ったシホが近寄って質問をする。
まだ無事に戦場にいる敵は百人ほどだが、スェルトに怯えて身動きもしない。
ルシルはエキトの介抱をしていたが、ぼくのこともお願いしたい。体が辛くてたまらないんだ。
「何が目的だ?」
「決まっている、我らが英雄を復活させるのだ。赤き竜が戻れば、人間如き一掃できよう!」
「出来るわけがない、たとえ偉大な竜だとしても。たった一頭では何もできない」
「そんなことはない。古き竜たちは怯えているが、若き竜は違う。赤き竜を旗印として、この世界を我らのものにしてくれよう!」
やめてくれ、頭に響く。大きな声を出さないでくれ。
宝石は奪ったんだから、早く住処に戻ればいい。
トカゲの一匹や二匹、知ったことじゃない。好きにすればいいのだ。
頼むから静かにして欲しい。
「そうはさせん、世のため人のため。今の平和を崩すことは許さん」
たとえ一人でも、シホは勇敢に立ち向かうのだが。
スェルトの眼光だけで、全ての魔法は相殺された。
「無駄だ、赤き竜の力をもってすればな」
借り物の力が、随分とお気に入りのようだ。
トカゲ程度の知能では、好きなように暴れることだけが大事なのかもしれない。
「ふん、貴様ら程度ではつまらん。早く赤き竜を復活させ、我らの意志を世界に響かせねばな」
全てを無視して、スェルトは大空に飛び立つ。
やっと静かになると、安心するが。
「慈悲だ、貴様らなど一撃で滅ぼしてくれよう!」
スェルトはその口を大きく開けると、魔力を圧縮させる。つまりは、力を溜めて打ち出すのだろう。
おそらくは完成すると、戦場にいるぼくらは全滅する。エキトが気絶すると、使っていた魔法も消滅したようだし。
だが、問題はそんなことじゃない。
「うるさい」
攻撃が当たったら死ぬとか、トカゲが世界を滅ぼすとかそんなことはどうでもいい。力を溜める大きな音が、頭に響いて仕方がないのだ。
「逃げますよ、ムゲンくん。あれには耐えられません!」
エキトを背負い、ルシルがぼくに手を伸ばす。
その手を振り払うと、自滅覚悟で大きな声を出した。
同時に発射される、スェルトの圧縮エネルギー。
まずは、これが邪魔なんだ。
「とっとと出てこい、犬っころが! あのうるさいトカゲを黙らせろよ」
最近よく聞いていた、犬の鳴き声が響く。
ただそれだけで、スェルトの一撃は簡単に霧散した。
同時に現れた、見たことがある気品のある姿。
「久しいな新たな友よ。息災なのは嬉しいが、初陣がトカゲ狩りとは、物足りないにも程がある」
明らかに気配が変わった、黒いワンコ。
その大きさは大型犬と変わらない、二メートル前後と言うところ。
それなのに、巨大な竜などよりも遥かに強そうな、自信に満ちたその姿。
最強を目指した爺さんの唯一の友、伝説の黒犬グリュークスだった。
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