シホの怒り
「これは特別サービスですからね!」
ルシルの嫌そうな言葉と共に、ぼくたちを囲うように数えきれない集団が現れる。
今度こそ異種族が含まれた、面白い連合軍だ。
それと同時に、周囲を見回すことで、この場所が学院から少しだけ離れた広い草原だと気づいた。
目に見える範囲に学院があって、それすらも覆うほどの生き物の数は絶景だ。
「この辺りに存在する、クーデター派と思われる人たちを全て転移させました。これなら逃げられることもないでしょう」
「まあ俺の作ったルールがある以上、効果範囲の人間は逃亡など出来ないけどね」
ルシルの行ったファインプレーは、エキトの言葉によって無意味な気遣いにまで堕ちた。
涙目で睨んでいるようだが、ジャッジたちと遊んだくせに、その魔法の強力さを理解してない方が悪い。
「さあ、のんびりと遊ぼうか」
まるで散歩でもするように、学院長が悠然と歩を進める。
そのペースは本当にゆっくりで、本当に戦う気があるのか疑いたくなるほどだった。
「い、行くぞ。魔法ナシなら殺れる!」
「ああ、あんなものは話にならん!」
血気盛んな敵の下っ端共が、数人がかりで学院長を囲む。
その動きはとても早く、少なくてもぼくなら負けるだろう。
「……嘘でしょう」
フルーツの茫然とした声が響く、それと同時に多くの人間が倒れる音がした。
「君たち、話にもならないなあ」
あの男は本当に人間なのだろうか?
確かに魔力なんて使っていないのに、全ての魔法使いを圧倒していく。
殴られそうになると、その腕を捻り上げて地面に叩きつける。
蹴られそうになると、その足を掴み取り握力で強引に握りつぶす。
止めの一撃は目を覆いたくなるほどに、人体を破壊する音を周囲に響かせていた。
「その強さもあれだが、これだけの光景を見せられて無傷なのが恐ろしいな」
人間も異種族も関係なく、学院長に淘汰されていくようだ。
エキトの力で、全てのダメージは体力ではなく魔力を奪っている。
故にどれだけ攻撃しても、全てのものは無傷なのだが。
「痛みはちゃんと感じるから。あれだけの魔力を削られる威力なら、激痛は避けられないな」
出来る事なら、痛みを感じないようにしてほしかったのだが。
エキトの説明を聞いている内に、学院長はどこまでも前進を続ける。
敵の繰り出す全ての魔法を、単純な身体能力で避けて、隙だらけの周囲にいる敵を殴り飛ばす。
その進撃は、敵のリーダーに迫っていた。
「……なるほど、殺し合いか」
危険な呟きをしながら、シホが両手に魔力を溜める。
「お前も遊びに行くのか?」
「これは遊びではない、あくまでも戦争だぞ」
ぼくの問いかけに、真面目な言葉で反論された。
「このわたしは教師だからな、学院のために戦う必要があるのだ」
「そうか、頑張れよ」
一人の生徒として、一人の教師に応援の言葉を掛ける。
もっとも、そんな言葉は不要だったようだ。
「ああ。だが今のこのわたしは、一人の人間でもある」
「……は?」
よくわからない言葉に聞き返そうとすると、シホは両手から恐ろしいほどの炎を撃った。
その威力は劇的で、目の前の存在する多くの敵を全てを気絶させていく。
そしてその炎は、学院長と敵のリーダーにまで及んだ。
「おいおい」
「やりすぎですよ、これは!」
エキトとルシルの困惑する声が聞こえる。
死なないのだから、学院長ごと焼き尽くしてもいいと思うのだが。
「危ないじゃないか、私の楽しみを減らさないでくれよ」
まだ敵はいくらでもいるが、そのリーダーはあっさりと気絶した。
無傷の学院長は、シホが一番の大物を奪ったことに文句があるらしい。
「構わないだろう、味方同士で殺し合いをしてもいいのだから」
成程。こいつは学院長のルールを、受け入れる気なのだ。
そういうノリがいいところは嫌いじゃない。
「おや、君も私に不満があったのかな? なんだろう、賞金首を百人捕まえてほしいと言ったことかな?政府にケンカを売らせて、減給されたことかな? それとも二百四十時間連続で、無限くんの監視をしてもらったことかな?」
色々と迷惑を掛けられたようだが、最後のだけは聞き捨てならない。
……わけでもないか、ぼくのことを見張っている人間はたくさんいるようだし。
いちいち気にしてたらキリがないな。
「このわたしに対する暴挙には、不満はない。それなりの見返りは貰っているからな。それでも一つだけ、どうしても許せないことがある」
「それは?」
シホが本気で怒ることなんて、そんなに多くはない。
大体がぼくの生き方と、家族に関することだけだ。
「お前はルーシーの身内だろう、何故そんなにも冷たい扱いをする」
シホの怒りの言葉に、学院長は理解できないと言う顔をする。
「何故もなにも、私の直接の子孫でもないし。兄の遥か子孫だよ、私が気にかける事じゃない。そもそも家族だと思ったこともないよ、私の息子は無限くんだけだ」
まあそうだろう。そもそも学院長の実年齢を知らないが、何百年も年が離れていれば、誰だって他人だろうよ。
しかし、そんな理屈はシホには通じない。
「身内は身内だ。家族を大事に思う人間として、お前の考えは気に入らない」
「へえ、それで?」
「このわたしの魔法は知っているだろう、一撃でも当たったら致命傷だと思え!」
大人げなく全開で魔力を放出しながら、シホは学院長に突撃した。
魔力無しでそれと対等に戦っている学院長は、やはり化け物か。
「で、どう思う?」
隣にいるルシルに聞いてみる、というかこいつらも戦いに行けばいいのに。
まだ学院長とシホ以外は、ぼくと一緒に戦場を眺めている。
「シホの気持ちは嬉しいんですけどね。正直に言って、私も学院長を身内だなんて思ったことはないですね」
そうだろうなあ。こいつらが仲良く会話をしているところすら、見たことがないし。
「尊敬するご先祖様ですけど、プライベートで会ったこともないですしね。そもそも私の家族はムゲンくんとフルーツだけですから」
ルシルはぼくとフルーツに、満面の笑みを向けるが。
ぼくたちはとても嫌そうにする。ぼくとフルーツは、別にルシルを家族だと思ってはいないのである。
勿論、フルーツだって家族じゃない。というか、ぼくに家族なんていない、
この一方的な考えと、自分に必要のない人間に対する冷たさ。
ルシルと学院長の間に、血のつながりを強く感じながら。
……学院長の家族がぼくで、ルシルの家族がぼくだとすると。
やはり学院長とルシルは、家族と言うことになるのではないだろうか?
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