過激派と穏健派
「さあ、行こうか」
学院長の号令と、エキトが魔法の球を砕く音が響いた。
その瞬間、辺りが透き通るような晴天に変わり。
ここがどこなのかわからないが、目の前には人間の大群が存在した。
動揺しているようだが、ぼくも同じように動揺している。
一体、何が起きたのか?
「私が移動させたんですよ。短い距離だけですが、転移できます」
ルシルの言葉に納得する、これも地球の力を借りた魔法か。
星の力が偉大なのか、ルシルが凄いのか。本当に何でもできる力に感じる。
まあ、そんなことはいいか。
目の前の大群に目を向けると、その規模は千人を軽く超えるように感じた。
「あれが、リーダーだな」
ぼくらが現れた瞬間、群れをかき分けるように、一人の男が先頭に立った。
金髪に隻眼、そして若い外見をしている。
「あれは、若い男でいいのか?」
魔法使いは、優秀なほど若い見た目をしているので、実年齢は判断できない。
「そうだね、貴族派なんてものに優秀な人材がいるとは思わない方がいい。彼らが誇るのは実力ではなく地位や財産。あるいは母国への忠誠心や、人類への貢献度だから」
「つまり、本当に若い男がリーダーなのか」
クーデター派は異種族とも手を組んでいるのに、視界に入るのは人間だけだ。
おそらくは別の場所に集まっているのだろうが、混合軍に出来ない程度の関係か……。
背中を預けあう仲間にはなれなかったのか、同時に学院を攻撃するだけで十分だと判断したのか。
突然周囲の景色が変わったことに困惑しているところに、代表としてシホが声をかけた。
「これは一体どういうことだ、何故この学院を包囲している?」
襲われる理由などないと、全く予想もしていなかったと言う口調で、シホが詰問する。
既にジャッジ共から攻撃されているのに、白々しいにも程がある。
その言葉にクーデター派の代表、リアイ・ガルバデオが答えを返す。
「我らは決起したのです!」
リアイはまるで勇者のように、学院長を睨みつけながらその意思を語る。
「この学院は歪んでいます。強大な戦力が必要だと詭弁を語り、未来ある子供たちが日々命を落とす。守ろうとする大人たちですら、異種族への恐怖でこの場から去るような場所なんです!」
「現実を見てくれ、この世界は安全な場所じゃない。人類のために、少しでも強い戦力が必要なんだ」
シホの相手を落ち着かせるような口調は、まるで大人が子供に言い聞かせる言葉のようで。
「こんな手段を取らなくてもいいはずです。人類が団結して戦えば、倒せない敵なんていません!」
うん?
「この学院のように、一部の魔法使いにだけ重荷を押し付けるのは間違っている! 人類の危機だと言うのならなんの区別もなく、全ての人間で戦うのが道理でしょう!」
あれ、ちょっと何を言いたいのかわからなくなった。
こいつは確か、穏健派の代表だよね。
戦いを避けたいと、考えはしないのか?
チラリと隣にいるエキトを見ると、小さい声で解説してくれる。
「ああ、無限はちょっと勘違いしているんだね」
エキトが苦笑して、説明してくれる。
近くでルシルがぼくを睨む、なぜ自分に説明を頼まないのかと言いたげだ。
「過激派は、貴族以外の人間なんて全てが敵。視界にいれるのも嫌で、協力するなんて有り得ない。邪魔をするなら殺してもいい、し何も悪いとは思わないってことさ」
まあわかりやすい過激派だ、その説明には問題ない。
問題は穏健派だ。
「穏健派は、平等ってことだね。貴族もそれ以外も能力や人格で判断する。何かが特別ってわけじゃないし、みんな仲良くしようねってことさ」
うん、確かにその通りだと思う。でもその説明では、ぼくの違和感が解消されない。
「問題は平等ってことだね。女子供だろうが、病人だろうが、怪我人だろうが、やれることは必ずある。人類の危機なんだから、平和に生きてないで何でもいいから協力しろってことだよ」
「……それが一丸か」
確かにどんな人間にも出来ることはある、それでも戦い以外の道もあるはずだ。
「学院長の理屈は、弱い奴は役に立たないから戦いには必要ない。その代わり、日常を守ってくれってことだ。確かに学院の生徒たちは厳しい環境だけど、街の人間たちから美味しいものを食べさせてもらったり、色々と楽しい娯楽を提供してもらえる」
まあ棲み分けってことだな。必要なものはたくさんあるし、適材適所って言葉もある。
その分戦う人間は減るが、戦いだけの人生なんて誰も喜びはしない。
「リアイ・ガルバデオの考えだと、人類はたくさんの危機に襲われている。だから全てのことを犠牲にしてでも、まず全員で戦おう。それが一丸ってことだろう? そう言いたいんだよ」
一丸と言う言葉を読み解くと、確かにそう言う意味になる。二つのことを同時に行うのでは、一つになったとは言えないからだ。
全ての人間が異種族と戦って、それに勝利出来たら日常に帰る。
その被害は確かに平等だ、全ての人間が弱い奴から死んでいく。
確かに戦力は上がるだろう。強い敵への囮や、細々とした戦いのための雑用など、弱い人間にでもやれることはたくさんある。
問題があるとしたら、その理屈には戦いしかないと言うことだ。それ以外の全てが、とても苦しいものになるだろう。
「無限はどっちがいいと思う?」
「学院長に決まっているだろう。そっちのほうが最終的に、被害も少ないに決まっている」
「俺もそう思うよ。確かにこの学院は過酷で、多くの生徒たちが死ぬ。それでも全体で考えれば、人類の被害は一番少ない形になる。なにより、誰も強制なんてしてない。自分の意志でこの学院に来るんだ」
確かにそうだ。ぼくみたいに家の都合で送られる奴にも、救いはある。
学院に籍だけ作って、安全な町で暮らせばいい。
金の力で卒業資格が手に入るんだ。それをしないのは、自分たちの強くなりたいという意思に違いない。
「みんな自分の意志で学院に来て、自分の意志で死んでいく。無限の知り合いもそうだっただろう?」
確かにそう。宗次の奴は強くなりたいと望み、自分のミスで死んでしまった。
それは決してルシルや学院のせいじゃない、自分のせいで死んだんだ。
それを同情したり、他人のせいにしたりする方が失礼な話だと思う。あいつは自分の意志を貫いたのだから。
「それゆえに、ワタシは宣言する。この学院は、相応しきものが管理するべきだ。そのために貴方には学院長の座から降りてもらう、貴方の存在が人類の協調を邪魔しているのだ!」
それはその通り。理事長の考えでは、人類が一丸になることはない。
協調、一丸、穏健派。素晴らしい言葉なのに、なんとなく印象が変わってしまった。
リアイの語る言葉が、人類が一つになった結果なら。やっぱり全ての人間は、別々の存在である方がいい。
人間は決して、群体にはならない方がいいのだろう。
「君の言葉は、長いよ」
学院長の呆れたような返答。リアイの決意表明は、この男にとって戯言にすら劣る言葉なのだ。
「文句があるなら戦えばいい、魔法使いは実力が全てだよ。偉そうに講釈を述べる暇があるのなら、黙って魔法を撃てばいいのに」
その視線は冷たい、まず言葉から始める行為を恥じろとでも言いたげだ。
貴族の流儀、戦争の仕来りのようなものはこの男には邪魔なだけだ。
「丁度いい、ルーシー先生たちも同じだよ。私に不満があるなら、戦いを挑むといい。せっかくエキトが誰も死なない戦場を作ってくれたんだ、味方同士で殺し合いをしよう!」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな必要はないでしょう」
ルシルが慌てて止めるが、その言葉に価値はない。
「いいじゃないか。友人だろうが仲間だろうが、不満があるのが当たり前だよ。この機会にそのストレスを全部発散しようじゃないか。ああ、無限くんはやめた方がいいよ」
ぼくに気を使っているようだが、それはそれでつまらない。
「ハンデとして、私は魔力や魔法も使わない。素手で殴るだけだよ」
「な、なにを馬鹿なことを!」
手加減されるのが気に入らないのか、戦争を仕掛けてきたはずのリアイが憤慨している。
だがその部下たちは士気を上げている、その条件なら勝ち目があると感じたのか。
今までは学院長の姿に、絶望していたのに。
「勝ったものが正義だ、そこに例外はない。さあ私と遊ぼう、恨みっこなしだ。原始の時代から、争いを終わらせるのは暴力に決まってる!」
学院長が、動き出す直前。
まるで自分も参加したいと主張するように、学院中に響くような犬の遠吠えが響いた。
まったく、最近はどこに行ってもその存在の痕跡があったけど。
混ざりたいのなら、素直に現れるといいのに。
まったく、素直じゃないやつめ。再会が楽しみだ。
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