平和ではない世界

 


 あいつらを待つなら、どこかに移動して休みたい。


 ぼくの真摯な望みは、一瞬で却下されたのであった。


「ほら、もう来ますよ」


 確かこの学院は、既に包囲されているはずなのに。


 どいつもこいつも、誰にも気づかれず大きな音をたてることもなく、ぼくの周りに集合した。


 現れたのは、エキトとシホ、それに学院長だけ。クラスメイト共は戦力として不足だからと、シホが強引に拒絶したとか。


 その言葉が正しいかはわからないが、こいつらがいれば余分な戦力はいらないのだろう。


「どうだエキト、この程度の広さなら問題あるまい」


 この場所に来てから、エキトとシホが何かをしている。


 地面に手を当てて何かを呟いたり。空中に手をかざして、万全だとか言ったり。


 うんと頷いて、何かに納得したようだ。


「依頼料は、どこに請求すればいいのかな?」


「学院長の名義で頼む。金なら有り余っているからな、好きなだけ持っていけ」


 シホは大盤振る舞いだ。何故か学院長の財産を好き勝手に使っている。


 果たしてこいつらは、何を企んでいるのか。


「学院長、もう始めてもいいのかな?」


「うん、無限くんは構わないかな?」


「いいぞ」


 何が何やらわからないが、とりあえず頷いて見せる。


 その姿を見てエキトがポケットから、手のひらに収まる程度の小さな球を取り出す。


「苦労したよ。ジャッジの魔法を解析して、魔道具に組み込んでみた」


 器用な男だ、そんなことも出来るのか。


 まじまじとその球を見つめて、エキトは何かを語り出した。


 さて、ジャッジの魔法ってなんだっけ。色々とされたのは覚えているが、細かくは覚えていない。


「効果範囲は、学院とその周囲数キロってところかな。ルールは全てのダメージで消費するものは、体力ではなく魔力。つまり、どれだけの攻撃を受けても死ぬことはなく、気絶するだけになる」


 魔力を全て使うと、気絶する。


 つまり、敵を殺さないためのルールと言える。


「クリア条件は、皆殺し。いや、全員を気絶させて一人だけが生き残る。クリア報酬はこの学院の支配権でいいかな?」


 問題はない、クーデターの目的は学院の乗っ取り。


 学院長たちの目的は、現状維持だから。


「それでいいだろう、全ての物質には微小でも魔力が宿っているからな。衣服や建物などは、壊れないと思っていいのか?」


「ああ、そうだよ。被害が嫌なら、どこかの空間に敵を閉じ込めて戦ってもいいけど」


 シホの質問にエキトが答え、詳細が詰まっていくが。


「そんなのはつまらない。この複雑な地形や、異種族への配慮をしてある設備などがあったほうが、面白いだろう?」


 学院長が笑いながら、そう言った。


 この学院はたくさんの建物があり、配置などはランダムに変わったりする。


 おまけに少し危険な道に入ってしまうと、異種族共の本拠地にワープしたりもする魔境なのだ。


 危険極まりないが、強い奴には面白いに決まっている。


「決まりだ。さて挨拶に行こうか」


 挨拶の相手と言うのはもちろん、クーデターの主犯だろう。


 この学院の在り方を危険だと否定し、生徒や教師たちが平和に生活を送れるように望む人々。


 ……つまり、真っ当な正しい人たちだと言うことだ。



 ★



 イギリスの大貴族であり穏健派代表、リアイ・ガルバデオ。


 一般生徒にもある程度目をかけて、卒業後は仕事の面倒まで見てくれる人格者。


 クイーンにも重用されて、魔法使いの戦争などでは将校として参加もしている。


 そういう現実な戦闘にも目を向けることから、過激派とも決定的な対立はしていない。


 何が言いたいかというと、普通の常識で語るなら敵の方に正義があると言うことだ。


「凄いなあ」


 平和が一番、みんな仲良く。


 素晴らしい思想で、ぼくも好ましく思う。


 でもそれは、普通の常識から考えてだ。


「この世界は、平和なんかじゃない」


 それがエキトの言葉だ。


 世界に存在するのは、人間だけじゃない。強大な異種族がたくさんいる。


 確かに最強種は人間だが、それは世界で一番強い個体が人間だと言う意味だ。


 平均で考えれば、やはり人間が一番弱いらしい。というより、人間のほんの一握りが、異常なほど強いだけなのだ。


 そしてその一握りの中には、ルシルや学院長ですら含まれていない。世界最強の魔法使いは、学院長なのにだ。


「今だって、小競り合いは日常茶飯事だ」


 異種族共が最強の人間を恐れているから、大きな戦いは起こらない。戦えば、必ず負けるからだ。


 でも人間自体は、今でも異種族に舐められているので、逆鱗に触れない程度だが常に攻撃されている。


 最強の座を、人間如きに奪われたと思っている異種族共の攻撃は、苛烈だ。その被害は残酷で、また過酷な現実を表している。


 ちなみに人間種自体が滅びない限り、一番強い人間の逆鱗には触れないらしい。


 人間種が完全に滅びた後、最強の人間が元凶を滅ぼし全てを再生する。


 そんなことが、歴史上で何度もあったらしい。


 つまり、決定的に滅びるまでは人類に助けなど訪れないのだ。滅びる前に助けが来るのではない、滅びた後に少しだけ前に戻るだけ。


 いまこの瞬間に、被害に遭っている人間には、何の関係もない救いだよ。


「だから強さが必要なんだ」


 小競り合いですら、多くの人間が死んでいる。


 それを防ぐには、強さが必要だ。


 人間が一丸となって、新たな対策を練っていては遅い。本当に滅ぶ。


 魔法使いの平均的な強さの底上げ。あるいは人を守る意思がある、善に属する強い魔法使いが多く必要なのだ。


「そのためにはこの学院の在り方、学院長の方針が最適だ」


 とにかく強さを求めるなら、戦いこそが一番の近道だ。


 死ななければ、直ぐに一人前の魔法使いが誕生する。


 普通のやり方ではどれだけ頑張ったって、たかが数年程度では、一流の魔法使いなんて作れない。本来なら数十年はかかるのだから。


 数を求めるだけなら、他の魔法学院が育てればいい。


 この学院に求められているのは、一流の魔法使い。そして次に生まれる最強の魔法使いなのだから。

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