戦争の気配

 


 濃厚な黒色が、視界の全てを塗りつぶす。


 それに例外はなく、ぼくもまた黒に飲み込まれる。


 だがそれは錯覚で、実際はぼくを拒絶するかのように体を通り抜け、黒は地面に消えた。


 目に見える変化と言えば黒い光と、凶刃がその姿を消したようだ。


「この光は悪だけを食いつぶすものです。フルーツたちには影響がありませんよ」


 なるほど、ぼくにも周りにも影響はなかった。


 ついでに黒い光が全て消えたことで、気絶しているルシルも発見した。


 フルーツが駆け寄るが、どうやら異常はないらしい。直に目を覚ますだろう。


「しかし、あれだけの剣を作っておいて、なぜお前は倒れないんだ?」


 フルーツはこの世の全てを作ることが出来るが、その精度は自らの魔力量に比例する。


 裏技として全ての魔力を注ぎ込むことで、実力以上のものを作れるらしいのだが、その代償にしばらく療養しなければならない。


 あの禍々しい凶刃は、明らかにいまのフルーツが作れるものじゃないだろう。


 そんな風に尋ねてみると。


「ええ。でも本来の使い方をする前にフルーツに戻してしまえば、魔力を消費しません」


「は?」


 どうやら凶刃が姿を消したのは、フルーツが自分の魔力に戻したからみたいだ。


 しかし明らかに凶刃を使っていただろう、あれが本来の使い方じゃないだと?


「まあ半分と言ったところですね、本来の力はもっと凄いんですよ。おかげで戻ってきた魔力も半分ほどですが」


 確かにあれだけ禍々しい武器が、悪だけを滅ぼすものというのは違和感が残るな。


 まあいいか、いつかわかるだろう。


「……終わったようですね」


 軽く考察していると、ルシルが目を覚ました。


「ムゲンくん、フルーツ。目的は遂げましたか?」


「フルーツは満足です。十分に、汚名返上が叶ったと思います」


 満足そうなフルーツに、微笑みを向けるルシル。


 その視線がぼくを向いた。


「ムゲンくんはどうですか?」


 まあ自分で止めを刺せなかったことには不満もあるが、あくまでも誤差だ。


 ぼくの罪は清算されたし、どうにかして犠牲者たちの魂も元の体に戻るだろう。


 とりあえず目的は果たせた。


「全ての魂は器に還るでしょう。既に生き返った者もいると、学院長から報告を受けています。少し記憶の混濁が見られるようなので、安全のために今日の記憶を消去するみたいですね」


 それはよかった、日常を生きるものが非日常の記憶を持つ必要はない。


 毎日平和に生きている。それで十分だろう。


 魔法社会の人間がどんな日常を生きているかは、よくわからないが。


 まあエキトの住んでいる街の住人は、割と普通だったから想像からズレてはいないだろう。


「学生たちはしばらく、学院の外で治療されるようです。後遺症などの心配もありますしね」


 それは医者たちや、キリにでも任せれば問題ないだろう。ぼくが関わる余地はないな。


「学院長たちは直ぐにでもここに戻ってきます。なにしろ今からが本番ですから」


 ……ん?


「どういうこと?」


「どういうこともなにも。今がクーデターの真っ最中だと言うことを、忘れているんですか?」


「そんなものは終わっただろう、ぼく一人の力で」


 どいつもこいつも役に立たないから、ぼくがジャッジ共を倒したのだ。


 苦戦した覚えもなければ、まともに戦った覚えもないのだが。


「ジャッジたちは先遣隊に過ぎません。彼らが学院長を始末してから、本命が学院を襲う計画だったんですよ」


 忘れたんですか、と言う目で見られる。


 視線を逸らすとフルーツも苦笑していた。


「でもさ、そいつらだって魂を抜かれたんだろう? 戦う気力なんてないだろうさ」


 この学院を襲うつもりなら、ある程度近くにいたはずだ。


 そいつらがリフィールの影響から逃れたとは思えない。


「それがしっかりと、無事だったみたいです」


 この情報はエキトからのものらしいのだが。


 なんでもこの学院は、クーデター派の奴らから囲まれていたようだ。


 学院長が死亡、あるいは重傷を負った時点で何千人以上が雪崩れ込む予定だったらしい。もちろん完璧な戦闘準備をして。


「おいおい」


 ジャッジ共が完全に失敗しても、今更クーデターは止まれない。最悪の場合は、学院長とも戦う必要があった。


 そのための結界や防御魔法が、リフィールの魂食いに抵抗できたのだ。


 もちろん、長時間は耐えられなかっただろうが。


「ぼくたちが、直ぐに解決したからな」


 ルシルが水星の雨を降らした時点で、魂食いは止まっていた。


 あの程度の時間ぐらい、奴らが耐えることはそこまで難しくはなかったのだ。


「なるほど、最後に大仕事が残っているんだな」


 この学院に残っているはぼくたちだけで、学院長たちが戻ってきても十人もいない。


 それだけの数で数千人を倒す必要があるらしい、もちろんぼくは戦えないが。


 そんな面白そうなものは、ちゃんと見学しようかな。


「まあ大仕事なんて呼べませんよ、実力差は明らかですからね」


 ルシルは本当に穏やかな顔をしている、何も心配はないのだと主張するかのように。


「なに、おそらく一時間もかかりません。これから始まるのは、児戯にすら劣る掃除に過ぎませんから」


 恐ろしい話だ、この自信が本物なら。


 クーデターを企むやつらが、星を落としたり最上級の強さを持つ悪魔を倒せる魔法使いに勝てるのか。


 ぼくが楽しむ余地があると嬉しいのだが。



 ★



 そして、これはあくまで余談でしかないのだが。


 この学院は魔法学院であり、その中には呪いなどに関係するもの、悪魔の力を研究するものなどがあった。


 フルーツの凶刃による悪の破壊は、その全てにも影響を与え。


 その全てを消し去った被害額は、軽く天文学的な数字を叩き出したのだった。


 学院内やその周囲に存在した異種族たちが、悪に属するものじゃなくて助かったらしい。


 一歩間違えればクーデターとは別の戦争が始まったみたいだから。


 ……つまらん。

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