悪を滅ぼす悪
『ようやく、貴方を滅ぼす方法を見つけました』
どこからか声が響く、その姿は見えないがフルーツに間違いない。
『ずっと、ずっと考えていたんです。フルーツに屈辱を与えた悪魔に、どうしたら最大級の報復が出来るか』
「どこだ、どこにいやがる!」
リフィールに、珍しいことが起きている。
今まではフルーツのことなんて、眼中にもなかったはずなのに。
今では、誰よりも注意を払っている。
これだけの危機に陥っているのに、だ。
『貴方は悪魔であることが、随分と自慢なようですね。黒い光はその表れですか?』
その理由は、この落ち着いた声が、あまりにも不気味に感じるからだろう。
『その拘りには敬服しますが、悪魔だから黒だとか闇だとか。随分と小さい考え方ですね』
それはぼくも感じていた。
今のリフィールは、なんでも出来るはずなのに黒い光しか使わない。
そこには理由があるのだろうと。
「お前たちにわかってたまるか、これが俺の美学なんだよ!」
『……くだらない、魔法使いが誇るべきは実力でしょう』
フルーツはリフィールのこだわりを、一刀のもとに切り捨てた。
『悪魔とか人間とか、ホムンクルスとか。自らを定義することに、何の価値があると言うのです?』
自らを確固なものだと定義する、リフィールに対し。
『全ての存在には、目的があればいいのです。フルーツはお兄ちゃんを守ることが出来れば、それでいいのですよ』
目的こそが全てだと考える、フルーツであった。
今となっては怪しい言葉だが、それが第一感情という事実に間違いはないだろう。
「はっ、所詮は人形の考えだな。まず自分があってこそ、目的が生まれるんだよ! そんなこともわからねえか」
『わかりませんね、フルーツは目的のために生まれた存在なので』
自然のものは、確かに自己から始まり。
人工のものは、確かに目的や用途から始まる。
この違いは、決して変わらない。
『ならば、貴方の根幹は破壊しましょう』
歓喜に満ちた、フルーツの声。
嗜虐に満ちた、フルーツの声。
『魔王を倒すのは勇者で、悪魔を滅ぼすのは天使で、闇を消し去るのは光。その逆も同じですが、この定義は普遍的なものでしょう?』
よく聞く話だ、物語やゲームを紐解くまでもなく。
夜の暗闇は、明かりこそが照らしてくれる。
それをぼくは、毎日目撃している。
『ですがそんな当たり前では、貴方を壊すことが出来ません。むしろ誇りにすら感じるでしょうね』
ならばどうするのか。
その答えは、残酷なものだった。
『誇りある悪魔は、闇の力で黒く塗りつぶします。それこそが、最も貴方を打ち破る手段に相応しい』
「バカか、悪魔を闇の力で倒せるものか。黒で塗りつぶしてどうする、それでは俺が強化されるだけだぜ!」
リフィールは魔を司るものであり、闇を支配するもの。
自らの支配する力で滅びてたまるかと、強く吠えた。
『だからこそ、正しい終わりなのです。それに言ったでしょう、魔法使いは実力が全てだと』
一拍溜めるように、決定的な一言を。
『黒き力で黒き力を滅ぼしつくす。それが出来てこそ、誇れるほどの強さなのですよ』
その絶望の名前は。
『上位の存在こそ、理不尽の権化。食い尽くせ、ダークネスグラトニー!』
★
視界の隅で、何かが空に撃ちあがった。
それは周囲に淡く優しい光を放つ、白く美しく何も傷つけることがないものだと感じた。
そして、その中心にあるのは圧倒的な黒。一見しただけで呪われていると分かるものだ。
形状は禍々しい、一本の長剣の刃の部分を、折り曲げて折り曲げて折り曲げたもの。
不格好な四角形を描くそれは、まるで魂を吸い取ってしまいそう。
キィィィィィィィィィィ!!
周りに響く、あまりにも気持ちが悪い金属音。その音波だけで周囲が破壊されていく。
思わず耳を塞ぐが、何の意味もない。脳にまで衝撃が走るようで、一歩も動けない。
それはリフィールも同じようで、苦しそうに片膝をつく。
その瞬間、凶刃は柄のない真っすぐな長剣に姿を変え、リフィールの心臓に音を超える速度で突き刺さった。
「ぐがっ!」
そのままリフィールを地面にくし刺しにすると、意味不明なことが起きる。
「や、やめろ! 食うな、俺を食うな!」
まるで凶刃が、リフィールを食べているように聞こえる。
ムシャムシャ、バリバリ、ガブガブ。
だが実際には……。
「なにもしてないだろう」
そう、リフィールを地面に縫い付けているだけで、何も起きてはいない。
それどころかリフィールから血が流れていないし、凶刃が突き刺さっているのに傷跡すらないのだ。
「でも聞こえる」
大きな音で聞こえるのだ。何かを食べている音が。
そして確実に、リフィールから何かが消えている。
目には見えないのに、それが強くわかる。
「はなせ、はなせええ! 俺が消える、悪魔じゃなくなる!」
大声を上げて、手足をどれだけ動かしても何も変わらない。
当然のことだ、凶刃は確かに目的しか持っていないのだから。
「やめろ、やめろよお。俺は悪魔なんだぞ。それが何故、なんでこんなに禍々しくて、凶悪なものに滅ぼされるんだ」
もっともな言葉だ、リフィールは確かに邪悪だった。
命を奪うことに罪を覚えず、その姿は黒い光に包まれ鮮血にすら塗れていた。
常人なら目にしただけで狂い死にしそうなプレッシャーに、魂を食べると言う根源的な恐怖。
だがそれでも、あの凶刃に比べればさざ波にすら及ばない。
それでも考えてみれば、当たり前かもしれない。
命を殺すと決めた悪魔と、悪魔を殺すために生み出された凶刃。
言葉にしただけでも、その純度にはあまりにも大きな差があるのだから。
キァァァァァァァァァァ!!
また大きな金切り音が響いた。
どうやら凶刃の食事が終わったらしい。
意識がないようだが、変わらず無傷に見えるリフィールから、自然に剣が抜けまた空に昇る。
何が起きるのかと思ったが、なにやら禍々しい光が凝縮していく。
「おい、まさか!」
これは爆発の前兆ではないか、どれだけの威力か知らないがあの凶刃を放置はできない。
「大丈夫ですよ、見ていてください」
なにも出来ないぼくに、後ろから声がかかる。
それに気を取られていた瞬間、巨大な爆音とともに黒い光が周囲を巻き込んだ。
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