意思と言葉
その愚かしい考えが、どうしても気に入らない。
「強い奴だけが文句を言える? 弱い奴には権利がない?」
そんな考えは理解できない。
だって、思うことは止められない。
お前はこんなことを思ってはいけない。
だから? そんな言葉で、心が変わるとでも?
「楽しいことに、この世界は平等だ」
少なくても、その心は。
誰だってそう。自然に思ってしまうんだ。
「個人の価値観に違いはあっても、その構造はみんな同じ」
楽しいものは楽しい。辛いものは辛い。
そう思ってしまうんだ。
その気持ちは止まらないし、止められない。
違いがあるとすれば、それを表に出せるかだけ。
口に出して誰かに伝えるのか、伝えないのか。
思うだけでその意思を表現しない人間が弱者なら、ぼくは当てはまらない。
「ぼくは戦う力がない弱者だ、ああその通りだろうさ」
そこは否定できない、ぼくは自分を否定しない。
だってそんなことに価値はない、強いとか弱いとか。
そんなものは、ぼくの生き方には関係がない。
必要ならたとえ世界一の弱者でも、宇宙一の強者に勝って見せよう。
「でも嫌なものは嫌で、気に入らないものは気に入らない」
弱者だって、許せないものはある。強者にだって、守りたいものはある。
「はっきりと口にしてやるよ、理不尽は許せない。お前がそんなものを世界に広げてしまうなら、必ず滅ぼしてやる」
身の程なんて知らない、命の危機なんて関係ない。
ぼくは死ぬ瞬間まで、思ったことを口にする。
それが出来なければ、ぼくは神崎無限じゃないのだから。
★
ぼくはリフィールに言葉を伝えた。
許せないから、認められないから戦っているのだと。
他には何もないのだと。
「……そうか」
ぼくが当たり前のように、自分の気持ちを教えてやると。
目の前の悪魔は、その表情を冷たく凍らせていた。
「俺は勘違いしてたぜ。お前のことを、ただの身の程知らずだと思っていた。心が壊れているから、止まることが出来ないのだと」
止まらないから、何でもできる。
壊れているから、人を振り返らない。
そんな風に思われていたらしい。
「だが違うな、お前は正常だ。その考えは正しく、平等で誰もが思う感情を尊んでいる」
当たり前だ、ぼくは特別なことを言ってない。
誰だって思うこと、誰だって考えることだけを口にしている。
「それでも俺を前にして、それを口に出来るのが異常だ。命の瀬戸際にいるんだぜ?」
そんなものは、はっきりとわかっている。
ぼくはいま、一つ言葉を間違えただけで死んでしまうような場面だろう。
悪魔にするから殺さないなんて、簡単には信じない。
「……気持ち悪いよ、お前」
「え?」
次の瞬間、リフィールの指が、ぼくの脇腹を貫いていた。
「ッ!」
「悪魔を誤魔化せると思うなよ、お前は何の恐怖も感じていない」
黒い光に囚われ、棒立ちのまま動けないぼく。
痛みを感じながらも、体を動かすことすら難しい。
ズブリ、ズブリと別の場所を指が貫く。
内臓は避けているみたいだが、骨は避けていない。
「思えば初めからそうだったな、お前は何を見ても感じるものなんてなかった」
「あったさ」
「なかった。悪魔は人間を弄ぶために、心と言うものを熟知しているからわかるんだよ。お前はいつだって口だけだ」
その言葉を否定する意味はなさそうだ、この悪魔は結論を語っているだけ。
でもぼくは、そんなに狂ってはいない。
今だって、痛みと恐怖を感じている。
「お前の心はあまりにも違いすぎる。間違いなく正常なのに、全てがズレている。まるで一人だけ違う世界の生物みたいに感じるぜ」
そんなくだらない言葉はいいから、その指を止めろ。
既に十か所以上に穴が開いているんだぞ。
「お前の心がわからない、だから変えることも出来ない。認めてやるよ、俺にはお前の気持ちを折れないさ」
ッ!そんなことよりも。
「だからもう語らない、やり方を変えるぜ。これだけ穴だらけになれば、死んじまう。それが嫌なら、悪魔になりな!」
何て奴だ、口で負けたから力で従わせる気か。
もう痛みで、体の感覚がなくなってきたぞ。
「お前が一言悪魔になると宣言すれば、その傷を癒してやる。吸血鬼のように、その血を吸ってやる。それだけでお前は人間を止めるのさ」
「そんな気はないって、言ってるだろう」
左腕と左足は無傷だ、黒い光に囚われていても無理やり動かせると思う。
でも抵抗すれば危険だし、まだフルーツによる逆転もある。
動かせるのは口だけだな。
……しかし頑丈な体には感謝するが、痛くてたまらない。
異常だというなら、痛みを感じなければいいのに。
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