二度目はいらない

 


 さて、どうするか。


 時間稼ぎとは言っても、今はルシルが戦っている。


 遥か上空で二つの光が、何度も何度も衝突しているのだ。


 もしかしたら、このままルシルが倒してしまうのでは。


「それはないでしょう」


 ぼくの懸念に答えるように、フルーツが返事を返す。


「怒りを演出するために、無駄に魔力を放出しています。あのペースでは数分も持たずに、負けますね」


 冷静な感想である。ルシルは本当に怒っていると思うし、その原因はお前なんだが。


「フルーツはもう一度姿を隠し、悪魔を滅ぼす剣を作ります。時間稼ぎをお願いしますね、もう少しだと思いますから」


 もう少しって、どれぐらいかわからない。


「わかったよ」


 疲れた吐息を零している間に、フルーツの姿は掻き消えた。


 この会話の間にも、上空では光の衝突が続いている。


 憤怒の紅き光と闇の黒い光の戦いは、それでもあっけなく幕切れを迎えた。


「……凄いな」


 それは突然のことだった。


 黒い光がその範囲を大きく広げ、おそらくは数キロの大きさになる。


 部分的ではあるが、太陽の光すら消し去ったように。


 あっという間に、紅き光をこの世から消滅させた。


 そしてその黒い光には、リフィールの意志が宿っている。


「なんだこれは!」


 そのまま消えることを期待したのに、一直線にぼくに向かってきた。


 人間の足ではとても逃げ切れない速度で、ぼくは瞬く間に捕まってしまう。


 まず右足が黒い光に絡まると、とても鈍い音がした。


「痛っつ」


 腿の辺りで折れた。


 そして今度は右腕。


「あーもう!」


 本当に痛くてたまらない、殺すなら一撃で仕留めろ。


 完全に動きを止めたぼくを、黒い光が包み込む。


 でもいつかのように闇の世界に堕ちるのではなく、あくまでもぼくを拘束するものでしかなかった。


「手荒で悪いな、イラついてんだ」


 ぼくの正面にリフィールが現れる、既にルシルに攻撃された跡もない。


「あの女は強かった、流石に魂を奪えねえな」


 先刻とは違い、リフィールは落ち着いている。その表情も穏やかだ。


 成程。フルーツは弱かったから、魂を奪えないことが許せなかった。


 ルシルは強かったから、それを受け入れるどころか敬意すら抱いているように見えるのか。


「だが流石に、この闇に同化させては出てこれないだろうよ。少なくても、お前を悪魔にするまでの間には」


「お前がルシルに負けたように聞こえる」


「だな、俺の取った手段は封印に近い。負けたと言われても仕方がないな、あの女は殺すには片手間では不可能だったぜ」


 あくまでも目的は、ぼくを悪魔にすることだと。


「そもそもだ、なんで悪魔になるのを拒むんだよ」


「あ?」


 心底疑問だと、リフィールはぼくに質問する。


 なんでもなにもない、嫌なものは嫌だ。


「お前は別に悪魔を嫌ってねえだろ、何しろ俺を見逃そうとしたぐらいだ。何に変わったってお前はお前だぜ?」


 確かにぼくは、悪魔を嫌ってはいない。


 それに人間に愛着もなければ執着もない。変わること自体は、構わないのだ。


 でも……。


「一期一会って、知ってる?」


「知ってるわけねえだろ、俺は悪魔だ」


 まあそれもそうか、知ってたら面白かったが。


「簡単に言えば、そうだな。全ての物事は人生で一度きりだから、大事にしろってことだよ」


 あるいは……。


『人生にコンティニューはないってこと、やり直しは効かないんだから慎重にね』


 そんな風に、その意味を誰かに教えてもらった。


 成程、素晴らしい理屈だ。


「でもぼくの考えは少し違う、全ての物事は人生で一度きりでいい。二回目は必要がないからいらない」


 例えば二回目、三回目と繰り返す機会があったとして。


 失敗を成功に、やり直すチャンスが与えられたとして。


「そんな邪魔なものはいらないから、ぼくに近寄って来るな」


 本来の意味では、やり直しが出来ないから成功するように頑張れと。


 ぼくの意味では、やり直しが出来ても失敗したとしても、もう一度なんて必要がないと。


 同じ言葉でもこれだけ解釈が違う。


「魔法使いの世界は摩訶不思議みたいだ。人間が悪魔になれるなら、もう一度人間に戻ることも出来るだろうさ」


 でもそれが嫌なのだ。


「終わってしまった過去(にんげん)を繰り返したくはない。ぼくが変わるなら、人間と言うものを理解した後、楽しんで飽きてしまった後だ」


 それまでは人間に甘んじよう。


 振り返るのは趣味じゃないんだ。


「……そうかい、そんな理由で悪魔(おれ)にケンカを売るとはな」


 理解できないものを見る目で、リフィールはぼくを観察する。


 そんな目で見られる筋合いはない。


 人生は短いんだから、やり直しなんていらない。そんな考えは普通だと思う。


 間違えたからって、一々振り返って修正していたら、時間がいくらあっても足りないんだよ。


「それにリフィールと戦っているのは、お前が理不尽に命を奪うからだ」


 悪魔になりたくないだけだったら、ぼくはとっとと逃げている。


 お前が罪のないものを攻撃するから、わざわざこの場にやってきたんだ。


「はあ、何言ってんだお前は。理不尽に殺すのが許せないってのは、強い奴のセリフだろうが」


 今度は馬鹿にした目で、リフィールはぼくを見てきた。


「普通の人間はな、傷つけられたから戦うんだよ。大事なものを傷つけられたからとか、大切なものを奪われないために巨大なものと戦う」


 それはそうだろう、ぼくだって同じだ。


 理不尽に傷付けることが許せないから、戦っている。


「だからそれが違うんだよ、許せないという理由で戦うのは強い奴だけに許される。それは必要以上の戦いだからな」


 許せないと言うのは、本質的には何も奪われていない。


 こちら側からケンカを売っているに、等しいのだ。


 何かを傷つけられて、必要に迫られて戦うのと。


 何かが許せなくて、必要じゃないのに戦うのは全くの別物だと。


「お前は魔法も使えない、普通の人間だろう。不思議な奴だし、意味不明な生き物だけど、それでも戦う力が無い弱者だ。そんなやつが許せないだって?」


 心底呆れたように、冷めた目でぼくを見る。


「身の程を知れよ小僧。お前は美学(ありかた)に文句を付けれるほどの、強者じゃない」


 いつだって巻き込まれる側、襲われる側だと。


 災害に文句をつけたって、捻じ曲げることが出来るわけじゃないのだと。


 そんな、当たり前で。


 笑ってしまうほどに、バカなことを口にした。


 お前たちどいつもこいつもはいつだってそこを間違えているのに。

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