負けず嫌い

 


 血塗れで倒れこむフルーツを目の前にして、一も二もなくルシルは駆け寄る。


 その姿をぼくは、冷静に見ていた。


 同じように駆け寄るわけにはいかない、何故なら敵が目の前にいるのだから。


「よかった、これなら助かります!」


 安堵したようなルシルの声に、ぼくも少しだけ気が緩む。


 なにしろ、息があるほうが不思議なぐらいの大怪我だ。


 こういう時、フルーツが人間じゃなくてよかったと強く思う。


 それなら、問題は目の前の悪魔だけ。


「……不愉快だ」


 リフィールはこの場に現れた時から、全身で怒りを表現している。


 一体何があったと言うのか。


「もう数えることも出来ないほどの、長い時を生きた。その中でも俺が魂を奪えないなんて、初めての経験だぜ」


 その言葉で怒りの理由に納得する。


 成程、確かにフルーツは魂を奪われていないのだろう。


 まだ助かるのだと、ルシルが口にしたのだから。


 今ではオレンジ色の光を、フルーツに翳しているみたいだ。あれが治癒の光なのだろう。


「たかが人形風情が、俺のプライドに傷を付けやがった。それをどう贖う?」


「贖うも何も、お前が無能だから失敗しただけだろう?」


 なにをグダグダと。


 安っぽいプライドが傷ついたからなんだと言う?


「黙れ。思い上がった人間でもないデク人形のくせに、俺が魂を奪えないだと? こんな不条理が許されるものか!」


「そちらこそ黙りなさい!」


 魂を奪うという、悪魔らしいプライドを傷つけられたリフィールに。


 ゆっくりと立ち上がり憤怒を浮かべながら、ルシルが怒鳴った。


「よくも私の妹を傷つけましたね、その罪は自らの命で清算しなさい!」


 自らを紅蓮の光で染め上げて、ルシルはリフィールに突進していく。


「それはこっちのセリフなんだよ、この世界の支配者気取りか害虫共め! 貴様ら人間は俺たち悪魔のエサでいいんだよ、抵抗など何様のつもりだ!」


 リフィールもまた、黒い光に染まる。


 その衝突は、お互いを潰す意思に満ちていた。


 殺意に満ちた怒りによって、二人とも血に染まっていく。


「くっ、人間ごときが!」


「悪魔なんて、時代遅れの老害でしょう! 貴方達は負け犬なんですよ、身の程を弁えなさい」


「なんだと!」


「その程度の存在が私の妹を傷付けるなんて、万死に値します!」


 ルシルの怒りは、結果に現れている。


 さっきまで劣勢だったことを忘れ、無数の光で悪魔を追い詰めていく。


「この世から消滅しなさい!」


 一際強い光でリフィールを、吹き飛ばす。


 そして二人で天空に昇って行った。……ぼくとフルーツを置き去りにして。


「やれやれだ、しかし面白い世界だよ。人間って悪魔に恨まれているのか?」


 これではあべこべだ。物語では悪魔の方こそ人類の敵として描かれるのに。


 リフィールの言葉では人間こそが、世界の敵に聞こえる。


 そんなことを適当に呟きながら、ぼくはフルーツに近寄る。


 すぐ近くに座り込み、様子を観察してみると多少は回復しているらしい。


 あちこちにあった傷は塞がり、顔色もマシになっている。


 そんな風に安心していると、いきなり凄い力で腕を掴まれた。


「お兄ちゃん……」


 フルーツは意識もあり、もう体も動くらしい。


 命の危機は過ぎ去ったと思うが、ぼくに何かを訴えたいのだ。


「お兄ちゃん、あの悪魔はフルーツが滅ぼします! それは何があっても絶対です」


「……」


 良くない流れだ、その視線には憎悪が含まれ。


 その言葉には、痛みが混じる。


「フルーツは二度負けました、一度目は戦うことも出来ずに。二度目は圧倒的な実力差で」


 一度目は中庭の話だろう、あの時は姿を現すことも出来なかった。


 二度目はついさっきだ、隠れていたフルーツはきっと簡単に見つかったのだろう。


 そして抵抗はしても、何の意味がなかったのだ。


 その事実に、フルーツは打ちのめされ。そして本気で戦うことを決意した。


「もう負けません、必ず滅ぼします。お願いします、譲ってくださいお兄ちゃん。このままではこの世界に存在できません、あまりの恥辱に自己が崩壊しそうなんです!」


 そんな機能があるのか?


 まあなんにせよだ、フルーツからあまりにも強い感情を感じる。


 その方向が良くないのは確かだが、その気持ちは絶対だ。何があっても譲れないのだろう。


 だが……。


「あれはぼくが滅ぼすんだが?」


 最初からそのつもりだった。


 ぼくが見逃してしまった罪を償うため。


 そして、理不尽に命を奪った責任を取らせるため。


「それでも、ぼくから奪うと言うのか?」


「お願いします、お兄ちゃん。このままでは引き下がれません。あれは、あの悪魔はフルーツの獲物です!」


 あまりにも真剣な言葉。あまりにも熱のこもった視線。


 ……仕方がない、譲るか。


 出来る事なら自分で仕留めたかったが、その力はないし。


 自分の手で滅ぼすことに、大きな意味もない。


 この執着には、一目置いてやろうか。


「わかったよ、どうすればいい?」


「悪魔を滅ぼす剣は、もうすぐ完成します。作成はフルーツの中でずっと続けていました」


 そんなことしてるから、簡単に負けたんだろうよ。


「予想よりも遥かに悪魔が強かったので、込める魔力も作成時間も莫大になりました。正直に言って、どのぐらいで完成するかは未定です」


「おい」


「どのぐらいの時間が必要かはわかりません、それでも時間を稼いでください」


「おい!」


 それはあまりにも無謀だろう。


 リフィールはルシルより強いんだぞ。


「ルシルに期待するか、やる気がみなぎっているみたいだし」


「あの怒りは演技でしょう、フルーツは死んでも復活できるのですから」


 だから怒るわけがないと言いたいのだろうが、あいつはそんな奴じゃないと思う。


 完全に本気だと思う。


「そこまで時間はかからないと思います。だからお願いしますお兄ちゃん、フルーツに協力してください」


 まあそれしかないな、最初の作戦からも大きくずれてはいない。


 何ができるかはわからないが、出来るだけのことをしよう。


「わかった、頑張るよ」


 今回ばかりは、失敗したら大人しく死ねばいいとは言えない。


 死ぬならリフィールを滅ぼして、気分よく終わるのが綺麗な終わり方だ。

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