夢の終わり、現実の続き

 


 あれから、そう。


 ぼくはどんな風に生きていただろう?


「……」


 その辺の道路に寝転がりながら、声を出してみるが上手くいかない。


 余りにも久しぶりすぎて、そんなことすらも下手になってしまった。


「あ、……ああ。思い出した。」


 声ってこんな風に出せたんだ。


 そんなことすらも忘れるほど、時がたったんだと思う。


 確か、百人分ぐらいの時間がたったかなあ。


 いつの間にか声も聞こえなくなって、快適な生活を送っていた。


「こんなに、楽なんだなあ」


 生活と言っても、何もない。


 およそ人らしい行動の全ては禁止されているので、こんな風にのんびりして、気が向いたら人間を観察する。


 自分が人間だなんて、簡単に忘れるような。


 自分が何者かなんて、永遠に知らなくてもいいような。


「まるで神様になったみたいだ」


 たくさんのものを見てきた、でも何一つ関わることはなかった。


 よく言えば、神様になった気分。


 悪く言えば、今までの人生をそのまま続けただけだった。


「ああ、そういえば」


 一つ気付いたことがあった。


 この世界は、大体百年ぐらいをずっと繰り返している。


 その証拠に、文明と言うものが一切進まない。


 本来なら、何回か時代そのものが進んでもいいぐらいの時間が過ぎたのに、周りの風景は変わっていないからだ。


 というよりも、人間一人分の人生を見ると、振り出しに戻っているのかもしれない。


「つまり、外の世界は時間が進んでいない可能性が高い」


 敵の言葉は、はったりだったと思う。


 当然のことながら証拠はないが。先のことがわからないからこそ、この中の世界も動かないのではないだろうか。


 外の世界と中の世界をリンクさせておけば、文明なんて勝手に進むか、滅ぶのだから。


 つまり、この世界は偽物だ。


 分かり切っていたことだが、もしかしたら外の景色や人間を、見えない存在になったぼくが観察している。


 そんな可能性はあった。


「その可能性はなくなったな」


 その根拠は他にもある。


 この世界にはルシルがいた。


 エキトもいたし、シホたちもいた。


 だが、ぼくはいなかった。この世界にはぼくの影響と言うものが一切ないらしい。


 とても興味深いことで、ぼくは奴らの人生を見てみたのだ。


「楽しかったなあ」


 ルシルに人生には、ぼくがいなかった。


 それが原因かはわからないが、結局奴は弟子を作れず学院を追放されて、各地を転々する。


 最終的には、世界を滅ぼそうとして、学院長に殺されていた。


「これはこれで魔法使いらしい」


 エキトはあの火事でも生き残った。


 体中が火傷だらけになり、片腕を失くし障害なども残っていたが、その怪我を治すことはなかった。


 その理由は教訓にするからだと。危険な仕事をしているのに、あまりにも油断した人生を生きていたと。


 あいつはそれからの人生を、冷たい人間として過ごした。


 今みたいな遊び心などなく、自らの利益のために生きる鉄の商人として。


 死ぬまでに世界に与えたその被害者の数、その被害額は計算が出来ないほど。


「あいつは根っからの商人だな」


 シホは、一人で生きていた。


 家族に理解されていなかった。


 今のような夢を持つ段階にすら至らず、小さな子供のころから孤立していた。


 でも、その代わり魔法使いとしての道を完全に捨てて、普通の人間として人生を終えていた。


「これでよかったのかもな」


 どいつもこいつも、ぼくの影響がないとこんな人生を送るのか。


 こうやって現実と比較してみると、ぼくがほんの少しだけ奴らに影響していたことを実感する。


 その方向が幸せだったのか、不幸だったのかはわからないが。


「誰にも影響しない人間はいないってことだ」


 ぼくのようになにも理解できず、誰も理解できない人間ですら誰かに影響を与えてしまう。


 例えばだが、ぼくはルシルに出会ったことで学院や魔法と言うものに関わった。


 それが人生に変化を与えたことは確かだが、ぼくという人格に影響はなかった。


 こいつらとは違う。もしぼくがルシルに出会わなかったとして、何か性格が変わったのだろうか?


 あるいは歩く道が変わったか?


 そんなことはない、きっと今のようにのんびりと生きていただろう。


 ロンドンで知り合いを作って、退屈を潰して。適度にスリルを味わって、なんとかワールド・バンドのメンバーを見つけて。


 ほら、今と何も変わらない。


「成長することはあっても、進化することはないと言えばいいのか。それとも過程が変わっても、結論は変わらないと言えばいいのか」


 まあ、どちらでもいい。


 でも一つ気付いたことがある。


「ぼくは神様にはなれない」


 それがよくわかった。


 こんな生活をしていてよく分かった。


 仮にも知り合いであるルシルたちの生活を見ていて、ぼくは何も思わなかった。


 奴らに良いことがあろうと、悪いことがあろうと手を出そうと考えなかった。


「ほら、映画とか小説でよくあるだろう?」


 人間が気に入らない神様が、力を使って滅ぼそうとする。


 人間が大好きな神様が、何らかの協力をする。


 兎にも角にも、偉い神様が人間を見ていると関わろうとする。


 大好きなのか大嫌いなのか知らないが、自分も物語に協力していく。


 でも、ぼくはそんなことを思う。


「そもそも、ぼくが神様なら人間なんて作らない」


 世界なんて作らないで、自分だけでいい。


 だって退屈だなんて思わない。


 どれだけ一人でも、何もしていなくても思うことなんてない。


 何かをすることも好きだけど、何もしないことも好きなんだ。


 どれだけの時間がたとうとも、たとえ永遠の時間がたとうともきっと変わらない。


 なにもなくても、目の前の光景の全てがなくなっても、変わらない。


「ぼくは誰かに影響しなくてもいい。なにもなくてもいいんだ」


 むしろ、それでこそ美しい。


 今までの方が間違っていたんだ。


 誰かを変えたくもないし、誰かに変えられたくもない。


 それでどうなろうとも、自分の人生だと受け入れよう。


 無理やり人の中で生きて、無理やり普通に合わせて生きていて。


 不自然に生きていることが間違っていた。


 そのことにやっと気づいた。


 ああ、ぼくは眺めていた偽物の青い空すらも拒絶する。


 そして、ゆっくりと眼を閉じた。


「このまま、永遠に過ごしたい。……ああきっと、これが幸せなのかもしれない」


 誰もいない、何もない。意味もなく、余分もない。


 言葉どころか、自分が誰かと言うことも忘れて。


 ただぼくという存在だけが、永遠に続く。


 このまま溶けるように、消えていきたいと。


 心からそう望み、最後だと思いその眼を開く。


「あれ?」


 悟ったようなことを考えた、罰が当たったらしい。


 幸福は一瞬で終わってしまったようだ。


 いやいやだが、寝転んでいた体を起こす。


「はあ、帰ってきちゃったか」


 ため息を吐きながら、がっかりした声を出してしまう。


 周りを見渡すと、そこは外の世界。


 明らかに学院のどこかだった。


「あの世界に帰りたいが、まあ仕方ないから現実を受け入れよう」


 さっきまでは楽しい夢、今からは普通の現実。


 また新しい楽しみを、見つけることにしよう。


 次はどんなことを、悟った振りをしようかなあ。


 ……一万年もかけて何かわかった気でいたが、結局はこんなものだ。

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