幸福探し
つまり、ぼくはこの世界に存在するものには触れることが出来ない。
活動することは許されているので、歩くための地面だけが許されている。
地面になら座り込んだり、寝転がることが出来る。
「それなら、問題はないな」
この世界に来てしばらくたつが、自分の体が疲れる様子もない。
どのぐらい、ここにいることになるのかわからないが、それなら問題はないだろう。
「とはいえ、退屈だな」
何も触れない、誰とも会話が出来ないのなら何をすればいいのだろう。
そんな風に考えながら、ぼくは更に調べてみる。
「……へえ」
新たな発見があった。
「十キロ以上まで離れると、見えない壁のようなものにぶつかる」
その壁はあまりにも固く、とても痛かった。
世界の果てには行けないと言うことに気づき、退屈していたぼくが注目したのは、その辺を歩いている奴らだった。
見たことがない人間、興味のない奴らでも退屈なら興味を持つ。
こいつはどこに行くんだろうと考えながら後をつけてみると、明らかに遠くまで行けたのだ。
どうやらぼくは、注目した人物の半径十キロ以内なら好きに動けるらしい。
誰にも注目しなければ、降り立った街の中心部分から十キロ以内で好きに動ける。
このことに気づいたきっかけは、街の調査をしたことだ。
「そのまま電車にも乗れたし」
色々な意味で、ここは日本なのだと思う。
その理由まではわからないが、推測してみるに今回の敵は日本人なのだろう。
通行人が自宅に着き、ぼくが興味を無くすと強制的に元の街に戻された。
その後の実験により、興味さえ失わなければ眠ってしまっても、戻されたりはしないことに気づいた。
「こういう遊びをしろってことか?」
人間を観察しろ。
なんとなくだが、そんな言葉が聞こえた気がした。
★
『また一人、諦めた』
今回の敵はずいぶん親切らしい。
一緒に入ってきたら奴らが、試練に失敗したことを細かく教えてくれる。
「これで何人目だっけ」
おそらくだが、七人目だろうか。
あれから何年がたっただろう。
確か八人ほどの人生を見たから、平均で八十年ほどとして六百四十年か。
「あっという間だねえ」
こっちはようやく楽しくなってきたところなのに、あいつらは一体何が不満なのだろうか?
多くの人生を見た。
いい人も悪い人もいた。
たかが八人、でも興味深い人間を選択しての八人。
なかなかに興味深い。
「いやあ、本当に人間って色々なんだなあ」
幸せな子供がいた。
何不自由もなく、知能と家柄に恵まれていた。
小さいころの夢は、正義の味方。
その死因は、紛争地帯での爆死。
それも巻き込まれたのではなく、手作り爆弾の暴発だった。
「……」
不幸な子供がいた。
およそなにもかもに恵まれず、この世の全てを恨んでいた。
将来の夢は、世界を滅ぼすこと。
その死因は、老衰。
言葉にするのも面倒なほど、誰でもわかるような平凡な幸せを手に入れて、満ち足りた人生を噛みしめながら死んでいった。
「……」
幸福な子供が何故、悪に堕ちたのか。
誰にも理解されなかったからだ。
結局のところ、全てに恵まれていたがゆえに、当たり前には目を向けなかったのだろう。
不幸な子供が何故、平凡な幸せを手に入れたのだろうか。
路傍の石ころに、価値を見出したからだ。
その手に何もなかったから、誰もが持っている物の尊さを理解できたんだ。
「なるほどねえ」
つまり、人間は特別なものでは満足できないらしい。
これは極論であり、真理のように思えた。
「平凡に生まれて、平凡に死んだ人間も見た。特別に生まれて、異常な形で死んだ人間も見た」
この世界は本当に融通が利く。
こんな人間が見たいと願うと、その人間の近くに移動させてくれる。
それは何故か? なんでこんなにも便利なのか?
それはぼくがちゃんとルールに従い、幸せを探しているかららしい。
本人に直接聞いた。
『まだ、諦める気はないの?』
しばらくぶりに、頭の中に声が響いた。
なんだかんだでこの世界に来てから、長い時が経ったと思う。
ある時点から、不思議な声が聞こえるようになってしまったのだ。
始めは幻聴だと思っていたのだが。
『あなたは、本当に何者なの?』
それは女性の声、そして聞いたことがない声。
名前は教えてくれない、でもこの世界を作った魔法使いらしい。
この人はアキヤとは違い、魔法のルールは必ず同じものを使うらしい。
今までも何百人、何千人もこんな世界に放り込んできたようで。
「そんなの知らないよ、それより何か用か?」
普通の人間なら凄腕の魔法使いでも、こんな世界に放り込まれてしまうと百年もしないうちに、気が狂って降参してしまうらしい。
まあわからないこともない。どれだけ長命で凄い魔法使いでも、飲まず食わずで誰とも会話も出来ない上に、なにも触れない世界に放り込まれれば。
心が壊れるような未熟者も、たくさんいるだろう。
『別に、ただいつ諦めるのかと思って』
「まだまだ先だな」
既に外の世界では、何百年も過ぎているらしい。
クーデターなんてとっくに終わって、同世代の人間なんて全員死んだと。
その発言が本当か、ぼくにはわからない。
でも、その言葉を信じたとしても。
水に溺れた奴らが生き返っていたように、ぼくが試練を突破できれば全て巻き戻る可能性も、十分にあると思っている。
まあ、遥か未来になっているのなら。別にそれでもいいのだが。
「邪魔なんだよ、話しかけてくるな」
そう言って、ぼくは一方的に会話を断ち切る。
電話のような仕組みに近いらしく、会話をするかはぼくが選択できる。
嫌ならば、拒否できると言うことだ。
「そんなことより、考察に戻ろう」
八人の人間を見て、幸せの定義を探してみたがそんなものはないとわかった。
人それぞれで、十人十色。
強いて言えば、誰かに理解されることが幸福だと言う、人生の結論を出した奴が多かったが。
「でも、そんなの理解できないな」
奴らが幸せだと思うことは、全てぼくには当てはまらなかった。
万人が理解できる幸福も、ほんの一部の人間しか理解できない幸福も。
一切の共感が出来なくて、ぼくにとっては他人事だった。
「よし、諦めよう」
今度は本気だ。
どうやらあと一人残っているみたいだし、そいつが頑張ればいい。
駄目だったら、永遠にこの世界に住むのも悪くない。
もしかしたら、魔力切れとかで解放されるかもしれないし。
最近になって気づいたことだが、ぼくはこの世界のことが嫌いじゃないみたいだ。
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