シホの欲望

 


 ここは、どこだろう?


 あまりにも強い砂嵐が消えると、そこに見えたのはわかりやすく砂漠だった。


 高低差が激しく、辺りに散らばるのは人の死体と文化的な装備。


 わかりやすく言うと、ここは明らかに戦場だった。


 魔法を使う戦場ではなく、普通の戦場で、ぼくが元々持っていた戦争のイメージだ。


 この場に飛び交う絶え間ない銃声とは別に、マシンガンを乱射する音がする。


「お前たち、走れ!」


 後ろを走る二人の兵隊を誘導しながら、一人の女性が戦場を闊歩する。


 その黒い髪に短髪の女性は、相も変わらずどこかで見たような顔をしている。


「姉ちゃん、もう無理だって! こっちの勢力は全滅寸前だぞ」


 泣き言を言いながら、姉に反論しているのは同じく黒髪で生意気そうな顔をしている。


「黙れキイチ、このわたしたちはまだ負けたわけではない! まだ無限がなんとかしてくれる」


 どこかで聞いた名前が二つも出てきて、ちょっとどうすればいいかわからない。


「確かにな。あの呪われた子供はいま、敵の首脳陣に特攻を仕掛けている。上手くいけば逆転勝ちもあり得るだろう」


 眼鏡をかけた学者肌の男が、楽観的なことを口にする。


「呪われているなんて言うな、あの子はそんなのじゃない。お前こそこのわたしたちの長男のくせに、呪われているようなおかしなことばかり言うじゃないか」


 この三人の集団は、口喧嘩をしながらも敵を倒しながら前進していく。


 絶妙なコンビネーションで、かすり傷一つ負うこともなく敵は数を減らしていく。


 少し経つとその場から敵などいなくなり、辺りから銃弾などの装備を補充すると、また別のエリアに移動する。


 それを何度も繰り返していた。


 だが、それも限界が近づいているらしく、ついに敵の大戦力に周りを囲まれて、絶体絶命に陥る。


 遮蔽物に身を隠しているが、見つかってしまうのは時間の問題だろう。


「ふん、これで終わりか。ジュリ、キイチ、何か言い残すことがあるか?」


「両親のようにはいかないな、道を間違えたかな?」


「まだ死にたくないから、諦めない」


 どうやら、ピンチだからと言って絶望はしていないらしい。


「そうか、まあ泣き言は死んでから言えばいい。……行くぞ!」


 ついに覚悟を決めて、遮蔽物から姿を現そうとしたとき。


『待てシホ、戦争は終わりだ」


 無線から、待望の声が聞こえた。


「無限か、遅すぎるぞどうなった!」


『文句を言うな。事前に敵方の参謀を一人だけ生かしておいて、本拠地のキャンプ地ごと爆撃した。今から停戦命令を出させて、そのうち終戦だ」


「そうか、長かった戦争もこれで終わりなんだな……」


『ああ、終わりだ。長かったな』


 シホと無線の声は感慨深そうな声を出している。


「これで、このわたしたちも両親の跡を継げたんだな。お前たち、戦争は終わった」


 二人に教えてやると、その顔は安堵に歪む。


 そして……。



 ★



 またも、ノイズが走り画面が消えた。


 二番はシホだったらしい。


「ああ? なんだこの欲望は登場人物が多すぎてわかんないが、シホってやつのもんなのか?」


「ああ」


 懐かしいものだったな。


 しかし、未だに後生大事にこの夢を持っていたとは……。


「つまり、あの女は戦争に行きたいのか? 物好きな奴だなあ」


 正確には少し違う、あいつは兄弟そろって戦場に行きたいのだ。


 シホは唯一、両親にあこがれを持っていたから。


 バカみたいな話で、あいつの夢にはいつだって他人が含まれていた。


 誰かに憧れて、誰かと一緒に夢を叶えたい。それがアイツの本質だ。


「本当に、バカな話だ」


 小さな少女の小さな夢、でもそんなものが叶うはずもない。


 人間は一人一人、全くの別物でそれは家族であっても同じこと。


 向いている方向が違いすぎて、誰も同じ気持ちなんて持っていなかったのだ。


 それは正しく現実に現れている。ジュリは闇に堕ちて、シホは教師になった、キイチはまだ生徒だがこれからどうなるかは未定でしかない。


「しかもよりによって、魔法を使わない普通の戦争だ? そんなのどれだけ強くても、いつか死んじまうっての」


 その通りだ、魔法社会の戦争なら強力な魔法を使って負け知らずに生きることも出来るだろうが、普通の戦争では人間と言うものの限界がいつか訪れる。


 戦争を生業にしたいと言うのは、遠回りな自殺を選んでいるのと変わらない。


 そんなものに付き合う気なんて、あるわけがない。


「だが、またお前は特別扱いだったな」


 確かに、ぼくだけが別行動で、しかも敵を倒し戦争を終わらせた立役者のようだった。


 ここから推測できることは二つある。


 一つはぼくを特別な存在だと思っているから、いいところを譲っていたと言うことだ。


 この解釈なら気持ちよく、話を片付けることが出来るのだが……。


 二つ目の解釈、つまりどれだけ望んでも、ぼくがシホに付き合うことなんて有り得ないと分かっていて。


 絶対にあり得ない現実と、どうしてもぼくと一緒がいいと言う理想がぶつかりあった結果、無線からの声と言う、姿を見せない存在と言うことで折り合いがついてしまったのではないか。


「うん、今度シホには優しくしよう」


 さっきの悪夢を見た後だと、この少し抑えた欲望は嫌いになれない。


 偽りの家族とは言え、たまには傍にいてもいいかもしれない。


 ただの親戚で家族ではないけど、一緒にいた時間だけは確かに長いのだから。

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