ルシルの欲望
現実離れした、あまりにも広々とした空間。
どこまでも広すぎて、ここが外なのか室内なのかもわからない。
横を見たらどこにも壁なんて見えなくて、縦を見たら天井も太陽も見えない。
でも暗闇なわけでもなくて、ぼくの視界ははっきりしていた。
目に映るのはとにかく人だ。
真ん中、とはとても言えないが、それでも目立つ位置にあまりにも豪華で、あまりにも大きな玉座がある。
どう見てもそれは王様が座るもので、当然のごとく、そこに座っているのは王冠を被った一人の男だ。
優しい眼と雰囲気だけが特徴な、四十歳ぐらいの男が足を組み、目の前の人間たちを見下ろしている。
男の前には百人ほどの男女が跪いている、数えたわけではないので適当だ。
半分は執事服を着た男性の集まり。半分はメイド服を着た女性の群体。
それらを束ねるように一人の女性が突出しており、その人は金の髪に肩まで伸びたボブカット。
一人だけ特別だとわかるほどに違いのあるメイド服を着て、誰よりも使命に燃えた目をしていた。
「陛下、本日もご機嫌麗しく」
その女性はたかが使用人の分際で、このあまりにも広大な空間を支配する王に、親密さを込めた声をかける。
このなにもなく、その代わりにこの世の全てを詰め込めそうな空間を我がものとして従えている王は、喜びを隠したような声で返事をする。
「うん、君たちも元気そうでなによりだ」
その威厳に似合わず、王の口調は軽い。
「今日はみんなを労いたくてね、君たちのおかげでこの城は常に快適だ」
どうやらここは城だったらしい、まあ玉座がある時点で察していたがどれだけ広いのだろうか。
窓も壁もないので、ここが何階なのかもわからない。
「光栄なお言葉です、しかし我らに賛辞など不要。陛下に仕える事こそ、誇りなのですから」
そのメイド長はあまりにも謙虚な言葉を口にした、しかしどこかで見たような顔をしている。
「そう言わないでくれルシル、君とぼくの仲じゃないか」
……ん?
「私が貴方に魔法を教えていたことは、遥か昔のことです。今は忠実なるメイド長ですので」
……うん?
「悲しいことを言わないでくれ、それに一つだけ文句を言いたいと思っていたんだ」
まさか……。
「どれだけ偉大な王になったとはいえ、君以外に世話なんてされたくはない。それに、陛下なんて言わないで欲しい。昔のように呼んでくれ、君はぼくにとって唯一無二の存在なのだから」
この、ルシルと呼ばれたメイド長に、照れながらも満面の笑顔を浮かべている男は。
「有り難うございます、ムゲン君。貴方に仕えることが、私の幸せです」
生涯最大の栄誉をもらったと、幸せを手に入れたメイド長に無限と呼ばれていた。
★
脳みそが壊れそうなほどのショックを受けていると、突然ノイズが走り、画面が消えた。
「ナニコレ?」
あまりにも衝撃的な映像を見た、ぼくの感想はそれだけだった。
アキヤにもらったリモコンを使い、早速一番を押したらバグが起こったらしい。
「おい、このモニター壊れてるぞ。早く治してくれ」
となりで指一本動かせず、ずっとなんとも言えない表情を浮かべている男に苦情を言ってみた。
「……いや、故障はしてねえよ。しかし、あれだな。人の欲望ってわかんねえなあ」
しみじみと口にする。
「見ちゃいけないものを見た気分だな。それに噂と現実ってもんは、こんなにも違うのか。あれがルーシー・ホワイミルトだろう? 世界最高の魔法使いの」
「人違いだと思いたい」
なんなのだあの欲望は、何十年後のぼくはああなっていると言いたいのだろうか。
猛烈な抗議をしたい!
「ま、まあよかったじゃねえか。お前が想われている証拠だろう?」
「頼むから想わないでくれ、あんなのはまっぴらだ」
絶対に嫌だ、もう逃げるかな。
「まあ、このことは綺麗さっぱり忘れることにして。なんで突然画面が消えたんだ?」
あまり深く考えると、自分が壊れて死んでしまいそうな気になるので、誤魔化して生きていくことにする。
とにかく、近いうちにルシルとは永遠に距離を置くことだけは心に固く誓う。
「それはあれだ、欲望に飲まれたんだよ。ようはゲームオーバーってことだ」
なんてわかりやすい説明、夢の中のぼくに優しい言葉をかけられて、ついでに自分の人生を終わらせたのか。
……このまま帰ってこないで欲しいなあ。
「お前にはあまり嬉しい情報じゃないだろうが、教えておく」
アキヤは、心底ぼくに同情するような視線を向けながら、気が進まないのがわかる顔をして口を開く。
「あいつらが見ている欲望の世界では、実は意識がちゃんとある」
「は?」
「口も体も自由には動かないが、心は別だってことだよ。ある程度夢か現実かわからなくなっているし、本当は幻想だとわかっていたのかもしれないが、ルーシー・ホワイミルトは自らの欲望を受け入れたのさ」
つまりなんだ、あいつは全てわかっていても逃れることが出来ないほどにあの悪夢を望んでいると?
ぼくにあんな風になってほしいと?
「……やめよう、深く考えたくない。とにかく、あいつは負けたんだから次に行こう」
こんな悪夢を見ているのは、ルシル一人だと思いたい。
しかし、誰でもいいからもう少し楽しいものを見せてくれないだろうか?
このままだと衝動的に、アキヤの人生に止めを刺してしまいそうだった。
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