一時休戦と楽しみな取引

 


「ところで、お前たちはなんで九人しかいないんだ?」


 話を再開する前に、今度はこちらが質問をされた。


「ハシリスの奴は十人の生き残りを許したんだろう? その後に何かが原因で死んだのか?」


 ハシリスとは老執事の名前なのだろう。


 それとこの男は外の様子などを、全く知らないと思えばいいのだろうか。


 念のために尋ねよう。


「自分で調べてくれ」


「どうやってだよ! オレ様のルールに九人が入ってきたことはわかっている。でもな、外の情報は全然わからないんだよ。見ての通り指一本動かせないんだからな」


 体を動かす余裕もなく、魔法を使う余裕もない。


 ぼくたちが入ってくるまでは何らかの調査が許されたかもしれないが、そこまでの注意を払っていなかったのでどうしようもなくなってしまったのだ。


 そのせいで、最後の一人がわからないのだろう。


「さあ、ぼくもわからない。それよりも話の続きを」


 ぼくは何の価値もない本当のことを口にして、まるで自分が嘘を吐かないとでも言うようにアピールした。


「そうかよ。話の続きだが、オレ様たちは師匠が死んだことによって世界に羽ばたいた」


 そこまでは既に聞いている。


「元々は集団じゃなかった。オレ様たち十人の弟子たちは全員が険悪な仲だったからな、みんな好き勝手に行動して好きなように戦った」


 はて、今回襲ってきたジャッジは十人だったか?


 うん、思い出せない。


「だが、この世界には強い奴が数えきれないほど存在する。楽しく遊んでいる時に外から横やりを入れられて殺されかけるなんて、日常茶飯事だった」


 それはわかる、今のぼくと同じだろう。


「例えば今回の件だけどさ、ぼくは簡単にここまで来れたよ。お前たちの魔法なんて、大したことがないんじゃないか?」


 自惚れているんだよ。


「そんなわけねえだろうが、オレ様は見ていたぞ。お前は簡単に抜け出してきたが、本来はルールにとらわれた時点で欲望に囚われている。あんな何もない部屋が欲望なんて、お前には望みがないのか?」


 そんなことを言われても困る。確かにあの部屋は居心地が良かったが、望んだものではなかったし。


「うーん、別に欲望がないなんて思わないけど。お腹は空くし、眠たい」


 今は楽しいから、強く想ってはいないが。


「意味が分かんねえ、お前だけルールが違うとでもいうのかよ」


 ルールを作っている側が、何を言っているのだろうか?


「話を続けて」


「あ、ああ。つまりだ、オレ様たちの力は世界全てを滅ぼせるものじゃないと証明されてしまったのさ。魔法と言うものの常識からは逃れられないんで、注ぎ込んだ魔力によって効果範囲や持続時間が決まる。今みたいに強いデメリットを受け入れたって、世界の全ては包めない」


 つまり、目の前にいるアキヤという男は常識の範疇である魔法使いなんだろう。


 外見年齢が二十歳程度なので、才能があるんだと思うが。


 もしくは、実年齢で二十歳程度なのだろうか?


「故に、強者狩りをしている。他の魔法使いを仲間にするよりは、実力だけは認めている同門を集めたほうが効率が良かった。勿論、実力を身に着けたら殺し合いだけどな」


 剣呑な仲みたいだが、嫌いじゃない。


 どこまで行っても、頂点は一つだと言うことだろう。


「成程ね、それで学院長を狙ったわけか」


「そうだ、クーデターを企んでいた奴らの依頼は渡りに船だった。だがこの学院に来て協力なルールで『歪んだ現実』を使ったら四人が即死した」


「即死?」


 それは危ないな、成程危険な魔法みたいだ。


「確かに協力なデメリットがあったが、その代わりほとんど確実に、この学院にいる全ての人間を滅ぼせるほど強力なルールだったんだがな。そのせいでオレ様の魔法も効果を弱めることになっちまったよ」


「例えば?」


「そうだな、例えば生命力などの副作用的なものを除いた魔力を持っているものは崩壊する。ああ、これはつまり魔法使いなら逃れようがないってことだな」


 ん?


「魔法学院があるような地域なら、例え普通に生活して暮らしている奴らでも、魔力を持っていないものは基本的に存在しないはずなんだが……」


 つまり、魔法を使える魔力を持つ奴は全員死ぬと言うわけか?


 生命力と言うものには、魔力が含まれると言う話を除いて。


「他には?」


「そうだな、死後を恐れるものは恐怖で壊れる」


 ふむ?


「人間を含めたあらゆる生物は根源的に死を恐れる。例えば本心から死を恐れないと思っている奴がいても、その魂に刻まれた本能からは逃れられない」


「そんなことはないだろう?」


「いや、死と言うものは様々な側面を持つ。老化からくるもの、病からおとずれる物、心に負うキズなども実際には死につながるものなんだよ。死を恐れないと言うのは、恐れるものがないと言う意味だ」


 全ての事柄は、結局のところ同じ場所に繋がる。


 どれだけ関係がないと思っていても、その末端に当たるだけでルールに触れてしまうらしい。


 大分理不尽だと思うが、魔法を使った時点で即死するほどの理不尽ではないだろう。


 やはり欲張るのはよくない。


「あとは?」


「悪いがオレ様が知っているのはそれだけだ、他は口が堅い奴だった」


 それは残念だ。しかし、話をまとめるとこの学院には魔法社会の一員でありながら魔法が使えない奴と、何一つ恐れるものがない命知らずがいるらしい。


 実に興味深く、一度会ってみたいものだ。


 まあ、それはともかく……。


「べらべらと喋ってくれてありがとう。これで聞くこともなくなったかな?」


 さて、いい加減こんなところにいるのも飽きた。


 他の奴らもちっとも現れないし、とっとと外に出るか。


「待て待て、これだけ色々と教えてやったんだ、見逃してくれてもいいだろう?」


「どうやってだよ、見逃したら外に出られない」


 こんなところにずっといたら、退屈だろう?


「なら、一つ取引をしようじゃねえか?」


「あん?」


「オレ様の魔法には、お前以外にも八人の魔法使いが入ってきた。そいつらが全員欲望に堕ちて敗北したらオレ様の勝ち。魔法を解除してお前だけを外に逃がしてやるよ」


「他の奴らが欲に勝ったら?」


 そこが大事なところだ。


「素直に、止めを刺されてやるよ」


「話にならないな」


 ぼくに得がない、時間の無駄だ。


「そんなことはねえ、賭けに乗るならオレ様と一緒にお仲間たちの本当の欲望を見せてやるぜ?」


 ぴくりと、ぼくの体が動きを止めた。


「それは、楽しそうだ」


「気が合うじゃねえか、楽しいぜエ。身近な奴らの本当の願いを目にするのはよう」


 人の本心を目にするのは趣味が悪い行いかもしれないが、勝負なら仕方ない。


「いいだろう、気が進まないが大事な仲間たちの戦いの邪魔は出来ないさ! みんなの勝利を願ってここで観戦しようじゃないか!」


「言い訳すんなよ、男らしくねえぜ」


「わかった。興味があるから、とっとと見せろ」


「おまえ……、まあオレ様はこれ以上何も言わねえよ。さあ、上映開始だぜ」


 アキヤがそう口にすると、目の前にモニターとスクリーンのようなものが現れる。


「これは視覚的に分かりやすくしたものだ、そのリモコンを使え」


 気が付くとぼくの手には、テレビのリモコンのようなものが握られている。


 それには一から十までの数字が割り振られたボタンが付いていて、再生ボタンもきっちりとあった。


「好きなボタンを押せや。楽しいものが見れるぜ」


 わくわくが止まらない。


 結局のところ、ぼくにはよくわからない人間の欲望と言うもの。


 それを目にすることが出来れば、ぼくにも理解できるようになるかもしれない。


 自分から生まれないものは、他人の物を参考にして真似をするしかない。


 出来る事なら、ぼくに相応しい願望を手に入れるための手助けとなってほしいものだ。

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