エキトの欲望
クリアになった視界に、最初に映った者は廃墟だった。
ビルが立ち並んでいるが、その全てが劣化している。一部が砂になっていたり、あるいは崩れていたり。
それなのに老朽化はしていない。何らかの手段で強制的に、醜く、脆い姿にされているような印象を受けた。
それらに身を隠しながら、一人の男が廃墟中を走り回っていた。
根元まで真っ白い髪に、純粋な紅い眼を持っている。
「……ああ。いい加減疲れたな」
その男は目に見えて疲れていて、その射貫くような視線だけが元気いっぱいだった。
目的などないように、走りながら懐から鈴のようなものを取り出し、チリンと鳴らす。
「聞こえるかな?」
その後、何もない空間に声をかける。
『ああ、聞こえているぞ』
不思議なことにその声は、鈴から流れているらしいのだ。
「そっちの状況は?」
『エキトの注文通り、魔法政府の奴らを脅迫しておいた。それと遺跡で発見したブツは全部売却済みだ」
「凄いじゃないか」
『ほんとだぞ。賞金稼ぎや暗殺者を差し向けられるわ、検問を作られて逮捕されそうになるわで散々だ』
こいつらは一体何をしているんだ?
『それでもまだ、本来の目的は達成できない。ぼくの記憶は戻る気配がないんだ』
鈴の向こう側の男は、どうやら記憶をなくしているらしい。
「無理はしなくてもいいよ、無限。無くしてしまうということは、いらないものだったということだ」
……ぼくだった。
『そうはいかないだろう。お前とのお遊びは楽しいが、これでは不便だ』
「そんなことはないだろう? 上手くいっているじゃないか、無限は元気で、俺の仕事を手伝ってくれている。もし記憶があったら手伝ってはくれなかったんじゃないか?」
『そんなのはわからない、でも無くしたものは取り戻したいんだ。負けたような気がするだろう?』
「わかるけどね」
和やかに会話をしていると、エキトの周りに数十人もの人間が集まっている。
無論のこと、味方ではなく敵のようで、全員がその手に人を殺傷できる何かを持っていた。
『どうした、何かあったのか?』
そんな気配を察したのか、心配をするような声を掛けられる。
エキトは苦笑しながら、鈴をチリンチリンと鳴らした。
「いや、なんでもないよ」
ただそれだけで、エキトの周囲にいる全ての人間は全身から血を流して倒れていく。
死んではいないようだが、それでも虫の息に見える。
『そうか、お前が無事ならばいい。ぼくはこれから世界をかき乱していく、まったく、お前が世界にばらまいた魔道具たちのせいでいい迷惑だ』
「そんなこと言うなよ、俺はただお客さんに品物を売っただけだよ。よく言うだろ? 道具に罪はない、使った人間に罪があるって」
『売った人間に罪がないなんて言わないだろう?』
「そうかな」
そして、会話は途切れた。
「……まったく、無限はいつまでたっても変わらないな」
苦笑しながら、またどこかに歩き出す。
「辛いことは忘れればいい、苦しいのなら逃げればいいのにあいつはそれが嫌らしい。俺はただ、あいつが元気で幸せに生きていてくれればそれでいいのに」
まったく、困ったやつだと。嬉しそうに嘆いている。
そして、ノイズが走り出した。
★
「えっと、頭が追いつかない」
映像が途切れると、隣にいるアキヤが頭を抱える。
ちなみに今のは、七番のチャンネルだ。
「あれは、現代だよな? なのにまるで何百年か後みたいに廃墟になってた。そこに記憶を無くした無限とエキトってやつがいて、世界をかき乱していた?」
「なかなか優秀だね、アキヤくん」
ぼくも大体そんな感じだと思っている。
「さっきの戦場なんて生易しいもんだぜ、つまりたった二人で世界を滅ぼしかけてんのか?」
「これはエキトの欲望だよ、アキヤくん」
とはいえ、そんなところだろう。
現実でもあいつはヤバいものばっかり、自分の店に集めていた。
冗談交じりに、世界を滅ぼせるものばかりだと言っていた。
むろん、そんな気はなく単純に珍しく、価値のあるものばかり集めていただけだが。
それはあいつの外見にも表れている。元々は全く違う髪や目の色だったのに、アルビノは価値が高いと言う理由で、あんな色に変えたのだと自慢げに語られたこともある。
「でも、あいつはぼくの記憶を無くしたかったんだな」
思い当たる節がないわけじゃない。
エキトは少々、優しすぎるのだ。
辛い現実や、苦しいだけの生き方なんて捨てればいい、忘れればいいと思っているんだろう。
問題は、別にぼくは辛いと思っていないということだ。
同情するような視線で見てくれるが、どうだっていい。
人間を理解できないことも、何かを大事にできないことも、魔法が使えないことだって、受け入れているし辛いわけではない。
「あいつにはそれが、わからないんだよなあ」
あいつはぼくの人生を辛いだけ、苦しいだけの虚しくて悲しいものだと思っている。
ぼくだって客観的に見れば、自分の人生が波乱万丈な、哀れなものだと思うが……。
実際に体験してみればどうってことはない、山あり谷あり嵐あり地獄ありの楽しい人生だ。
それがあいつには、どうしてもわからないらしい。
「この誤差が、エキトと最も理解しあえない部分なんだよなあ」
「なんか言ったか?」
ぼくは適当に首を横に振る。
まあいいや、誰かと理解しあえないのはいつものことなんだから。
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