ジャッジという集団
扉を抜けた先は、果てすらないような広大な空間だった。
特別なものは少し先にある小さな椅子と、そこに座る一人の人間。遠目で見えるその姿は、ぼくが出会ったことがない人物だと雄弁に語って来る。
そこに向かい少しだけ歩くと、ぼくは後ろを向いた。
ぼくが出てきた扉が一つと、横に等間隔で九つの扉。
「成程ね、十人とも欲望に打ち勝つとこの場所に来るようになっていたんだな」
そこまで思いつけば、椅子に座る人間の正体にも察しが付く。
近くまでたどり着き、ぼくは声をかけてみた。
「やあ、元気?」
その人物は男性で、瞳からは明らかに好戦的な気配と、怯えのような感情が伺えた。
「はン、ああ元気さ。ご機嫌だぜ」
茶色の髪に緑色の目、東洋人のような顔立ちに悪意に満ちた表情。
この男がどんな人物なのか、その偏見(イメージ)を頭の中に固めてみた。
「こんなところでなにをしているのかな?」
さっきから身じろぎ一つしない、無抵抗にも程があるようだ。
「どこから説明するべきか、何しろこんな状況は初めてでな。オレ様も混乱している」
その言葉に嘘がないようで、ため息を吐きながら憂いの表情を浮かべている。
「まずは自己紹介と行こうぜ、オレ様は東道アキヤ。ジャッジでありお前たちの敵だよ」
自信満々なその言葉、でも敵だと名乗りながらもぼくを攻撃する意思はないようだった。
「そうか、ここで何をしているんだ?」
「お前も名乗れよ、基本だぜ?」
「調べはついているんだろう? 時間の無駄だ」
ぼくはこいつを知らないが、こいつはぼくを知っているだろう。
「知っているがよ、オレ様よりも常識を知らねえ野郎だな」
自分を攻撃してきた奴に、そんなことを言われたくもないのだが。
「察しぐらいはついているんだろう? オレ様はお前たちの様子を見ていたのさ」
「欲望に打ち勝てってルールを作ったのは、君でいいんだな?」
「当然だろう。この空間はオレ様の空間で、お前たちを殺そうとしているのさ」
正直な男で実に助かる。さて、どうしようか。
「当然わかっているだろうが、あの白い部屋から抜け出てもぼくの勝利にはなってないらしい。まだ何かをしなければならないようだけど、君に何かをすればいいのかな?」
それぐらいしか想像できないが、一応は尋ねてみた。
「その通りだ、今回のルールはあまりにも強くてな。お前たちはそれぞれの欲望を見せられて、その誘惑を断ち切ることが出来ればいい。そしてオレ様の場所に辿り着いて殺せば勝利になる」
「へえ」
「自分の本当の欲望に勝つなんて、まず出来ないことだ。その強力な効果と引き換えに、オレ様は指一本動かせなくなる。魔力を使うことも出来ず、一般人が指一本触れただけで即死するほどに弱体しているのさ」
「それはいい」
よし、じゃあ早速……。
「まてまてまて、恐ろしい野郎だな。オレ様を殺すのに躊躇い一つねえのかよ!」
親切に弱点を教えておきながら、こいつは何を言っているのか。
「それは、まあ」
ないな。
「空気を読めよ、オレ様は命乞いをしているんだ。これまでの人生でこんなにも、敵に無防備な姿をさらしたことはねえんだぜ?」
「そんなこと知るか」
「何でも質問に答えるぜ、オレ様たちの情報は高い価値を持つんじゃないか?」
それはそうだろう。敵の細かい情報を知っておけばこれからの戦いにも、戦いが終わった後にも役に立つに決まっている。
「いや、いらない」
でもそんなことは、ぼくに何の関係もない。
そもそも今の状況ですら、まだるっこしくて嫌になる。
学院を敵が襲った。その敵をせん滅した。
それ以上の結論は必要がないと思う。
「そもそもジャッジってのは、どういう組織か知っているのか?」
なんか勝手に喋り出したぞ。
無視して体に触れてやるか、大人しく聞くか。
まあ、飽きるまでは付き合ってやるか。
「知らない」
「そうかそうか、じゃあ教えてやるよ。オレ様たちは大昔から伝わっている、一つの尊い魔法を受け継いだ集団なのさ」
このお喋り好きな男は、自慢をするように語りだした。
「『歪んだ現実』って言ってな。オレ様たちの師匠に当たる人が、古代遺跡から発見した本から覚えた魔法だった。でまあ色々あって師匠が死んじまったことで、暴走したバカ弟子共の集団がジャッジなのさ」
「偉大な師匠だったんだな」
それとも愚かな師匠だったのか。
もうちょっとマシな人間に、魔法を教えてくれとも思う。
「あー、まあな。鬱陶しい師匠だったよ。自覚を持てだの、プライドを忘れるなだの。オレ様たちは世界を変えることが出来るほどの魔法を覚えたんだから、人類に貢献しろってうるさかった」
どこぞの師匠を思い出す。
もっと自由にさせてほしいものだ。
「師匠が生きている間は従順に従っていたわけだが、オレ様たちは全員が同じ想いを抱いていた。人の命は世界よりも重いものなのかってな」
……へえ。
「『歪んだ現実』を使えば、オレ様は世界を滅ぼせる。つまりオレ様の命は、世界よりも重いと言うことにならないか?」
「……」
「人類六十億の命よりも、オレ様一人の命の方が尊いんじゃないか? その想いがずっと頭から離れねえんだ。他の奴らも形は違えど同じことを思っていた。だから、それを証明するために決起したのさ」
その思想には共感せざるをえない。
魔法使いの世界を知ってから、その考えは大きくなっていた。
今の世界は多数決で決まる。
一つの意見が正しいか間違いかなんてことに何の価値もなくて、多くの人間が選んだものが正しくなる。
だが多くの人間が選んだものが正しいなんて、狂った考え方だろう。
例え世界中の全ての人間が満場一致で正しいと主張する意見だって、それが正しいと言う意味にはならないのだから。
それは間違っていることを、みんなで正しいと思い込もうとしているだけに過ぎないだけだ。
「いいね」
ことここに至ってようやくジャッジに興味がわいてきた。
成程、ただの雇われた殺し屋程度に考えていたが、なんらかの思想犯かもしれない。
ぼくはとりあえず、もう少しだけ話を聞くことにした。
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