なにもない白い部屋
「ふう」
学院長は小さなため息を吐くと、ぼくたちを襲っていた魔力を収めたようだ。
それだけにとどまらず、手のひらに一点集中させ、老紳士の後ろにあった二つの扉にぶつけた。
凄まじい衝撃音と共に頑丈そうな二つの扉は壊れ、右の扉跡には白い光が満ちていて、左の扉跡には黒い光が満ちていた。
「おそらくはこの光に触れると、ジャッジの魔法が発動するんだろうね」
さっきまでの怒りなどどこかに行ってしまったらしい。
学院長の声は、腹が立つほどに穏やかだ。
そんなぼくの考えを補強するように、シホが文句を言い出した。
「なんだその態度は、怒りを発散してすっきりしたのか?」
「はは、そうみたいだね。今の私は穏やかだよ、警戒しなくてもいいさ」
ぼく以外で唯一、この場で学院長に暴言を吐けるシホであった。
「さあ、どっちを選ぶ?」
「片方は絶望の道、もう片方は慈悲の道でしたよね?」
「ルーシー先生、俺たちは最適の道を選ぶ必要があると思うが?」
悩みだすルシルに、久しぶりに主席くんが発言をする。
「確かにそうですが、それでは貴方の考えは?」
「具体的なものはありませんが、白い光のほうが害意を感じませんね」
黒よりも白の方が、安全な印象を受けるらしい。
だがそれよりも、この二人には少しだけ親密さを感じる。同時に小さな溝のようなものも感じるが。
聞いたことはないが、実は知り合いだったのだろうか?
そういえば、主席くんとの会話ではルシルに対して思うところがあるような雰囲気があったな。
二人の会話を皮切りに、みんな会話を始める。もちろん話題はどちらが安全な道かだ。
「あ、その前に私はこの先で役に立たないからそのつもりで!」
いきなり学院長が、役立たず宣言をした。
「突然何を言い出すのですか?」
「元々の話さ。ジャッジたちは私を殺すために雇われた者たちで、私では絶対に勝てないような戦いを挑んでくるって話だっただろう? 残り二人なら間違いなく、必勝の戦術を整えているだろうさ」
そういえばそんな話もあったな。この男がいつもよりも役立たずになるのか……。
ぼくに被害がなかったら、敵の応援をしたかった。
「そうでした、ではこれから先は勝率が下がってしまいます。人数を分けて二つの道を同時に攻略をすることは許されないでしょうね、勝ち目がなくなりますから」
ルシルと学院長の嬉しくもない現実の話、どちらの道を選ぶかと言う会話はより重要性を増した。
だから……。
「くだらないな」
「……お兄ちゃん?」
ぼくが小さく呟くと、一人隣でつまらなそうにしていたフルーツが耳ざとく聞きつける。
そんなことは気にもせず、ぼくは歩みを進めた。
「どうしましたムゲンくん? ……嫌な予感がするんですが」
ルシルの予感は、結構な確率でいつも正しい。
「飽きた。どうせ両方の道の先にいる奴を倒す必要があるんだろう? なら、悩む時間ももったいない」
「で、ですが考えなしに進むのも……」
「ならお前たちはずっと悩んでいろよ、足が遅い奴に合わせて歩く気はない」
ぼくはどちらかと言えば近い方だった黒い光に向かう。
歩き出したことで、フルーツとエキトは一切の迷いなく後ろに続く。
他の奴らも、ため息を吐いたりして、諦めたかのようにその後ろに続く。
「足が遅いって、まだ五分も経ってないですよ! 短気にもほどがあるでしょう!」
ルシルの声を背後に聞きながら、ぼくはためらうこともなく黒い光に包まれた。
……短気って、どれだけ悩んでも状況が全く変わらない状態で五分はあまりにも長すぎると思う。
★
「ここは?」
光の先に有ったのは、真っ白い四角い部屋だ。
ぼくの部屋を一回り程大きくしたほどで、天井は人間が四人分ぐらいの高さだ。
だが、何もない。
そんな部屋でぼくは一人、なんとなく立っているだけだ。後に続いていたエキトたちもいない。
『内に秘めた欲望に打ち勝て』
おっと、やはりこの状況はジャッジの魔法らしい。
さっきと同じように説明が頭に響いた。
「だが、欲望に打ち勝て?」
ぼくは部屋中に視線を彷徨わせる。
「欲望?」
そんなものを感じる要素すらないのだが?
確かにこの何もない部屋には居心地の良さを感じるが、そんなものが欲望なわけもない。
悩んでいると、なんか疲れてきた。
「せめて、椅子が欲しいな」
あまりにも虚しくて、ポツリと呟いてしまう。
すると……。
「なに?」
目の前に、小さな椅子が現れた。
なんとなく座る。座り心地は、まあ普通だ。
「つまり、口にした欲望が実体化する?」
この部屋にいればどんな願いも叶う。
それに勝て? ……つまり。
「出口が欲しい」
試しに呟いてみると、とても分かりやすいドアが一つ、白い部屋の壁に出来た。
「これでいいのか?」
こんなもの誰でもクリアできるだろう。
戦いにすらならない。
「ジャッジは負けたいのか? 多分だが負けると死ぬのに?」
意味が分からないにも程があるだろう。
でも、まあいいか。
「悩むのは嫌いだ」
ぼくはドアを開いて先に進むことにした。適当に願って遊んでいてもいいのだが、敵の手のひらでは踊れない。
なにもかもわからない、全てが相手の思うつぼの状態で遊ぶのはとても楽しいと知っているが……。
気が付いた時には死んでいた、なんてことになるのはあまりにも自分の命に申し訳のない行いだと思うからだ。
やはり死ぬときはどうしようもない状況か、心から納得した状況じゃないと。
自分が踏みにじってきた全ての命に、自分のために死んでくれてありがとうと胸を張る資格がなくなってしまうのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます