余波ですら、必殺!

 


「みんな、無限の周りに集まるんだ! このままじゃ全滅するぞ」


 エキトの叫ぶ声なんて、ほとんど聞いたことはない。


 その必死な声に引き寄せられるように、その場にいた学院長を除く八人は集まった。


 その理由は尋ねるまでもない、唯一この場に集まらなかった男が、凶悪な魔力を周囲にまき散らしているからだ。


 本来なら魔力なんてものを見ることが出来ないぼくにも、学院長が発しているどす黒いオーラのようなものを感じることに、一切の不足などなかった。


 それほどに、強烈な存在感を発しているのだ。


「全員が出来る限り強い結界を張るんだ。一瞬も気を抜かないように、油断なんてしたら即死すると思うんだぞ」


 ぼくたちは滅多に浮かべない真剣な表情を浮かべると、全員を取り囲むように七色の結界を張った。


 いや、見栄を張った。


 ぼくは何もしていない。何も出来ない。


 そんなことよりも、七色の結界は存在した瞬間にパリンという音を立てて砕け散った。


 一色だけ限りなく薄くなりながらも、なんとか残っているが、どう見ても消える寸前だ。


「お前たち、どうやら別個に結界を張っても意味はない。ルーシーの結界に全ての魔力を込めろ!」


 どうやら残っていた結界はルシルのものらしい。


 実力的に見ても順当なんだろうが、あの学院長は本当に強いらしい。


 なにせ、あまりの感情に茫然としている状態でも、無意識にこれだけの魔力を発しているのだから。


 全員で一つの結界を張り、たった一枚の結界を虹のように七色のものに変化させると、ようやく安定したらしい。


 簡単に砕けることもなく、ぼくたちの命の危機はとりあえず去ったようだ。


 とはいえ、こいつらの顔を見る限り大した余裕はないようだ。


 ぼくに出来ることもないので、動き始めた学院長を注目することにした。


「一つ、質問があるんだ。君の年齢は?」


 ぼくたちの存在などすっかり忘れさったように、目の前の老紳士にしか意識を向けていないようだ。


「ほ、ほほ。それが貴方になんの関係が?」


 脂汗を流し、顔色を真っ青にしながらも無力な自分が攻撃されるわけがないと思っている老紳士は、言葉を発する余裕を失わない。


「……質問に、答えてはくれないのかな?」


 学院長の撒き散らかす魔力が、けた違いに勢いを増す。


 そのプレッシャーに、老紳士が持つ答えないという選択肢は消え去った。


「今年で八十を数えますな」


 とても驚いた、外見年齢で語るならどう見ても六十代に届くかどうかだ。


「八十、ですか……」


 一番余裕があるルシルが、小さく零した。


「どうした?」


「……いえ。そうですね、私は三百歳を超えていると思っていたので」


 どんな根拠があるのか知らないが、ルシルはある程度の自信を持っているように感じる。


「魔法使いは実力に応じて老化が遅くなります、ジャッジと呼ばれるほどの魔法使いなら、その程度の誤差がなければおかしいでしょう」


「よほど優れた魔法を使っているのだろう」


 ルシルの疑問に、シホが考察する。


「ジャッジ共はみんな同じ魔法を使っている。つまり誰か優秀な師匠から魔法を教わったのだろうさ。優秀な師匠に、優秀な魔法を教えられて、三流の魔法使いが生まれたと言うことだ」


 成程、あくまでも想像でしかないとは言っても、有り得そうな話だ。


「そうか、予想はしていたが外見を誤魔化しているわけではないんだね」


「当然でしょう、吾輩に恥じるものなど何一つありませんな」


 その老紳士の自信に満ちた言葉に……。


「クズが偉そうに吠えるな」


 学院長の辛らつな言葉が返された。



 ★



「これだから無能は許しがたい。クズならクズなりに平和な人生を選べばよかったものを」


 学院長の魔力は天井知らずに上がっていく、さっきからずっと、結界が叫びを上げているかのように音を立てて軋んでいる。


「しかし、なんであの老紳士は生きているんだ?」


 ぼくらがこれだけ追い詰められているのに、なんの防御もしていない老紳士は、どれだけ恐怖を感じていても痛みは感じていないようだ。


「単純な話です。学院長の魔力も殺気も、全てがあのジャッジに向かっていて飽和しているんです」


「それにより空白地帯ってわけだよ。その代わりに他の全てに依頼主の魔力が降り注いでいるんだ」


 ルシルとエキトの説明でなんとなく理解できた。


 なんて幸福な男だろう。


 しかし、学院長の豹変ぶりに二人とも驚いていない。


 どうやらシホもわかっていたようで。クラスメイト達は結界に魔力を注ぐのに必死過ぎて、そんなことを考える余裕すらなさそうだ。


「私はもう付き合いも長いですし、まあご先祖様ですからね」


「俺は、同類だから」


「お前とずっと過ごしてきたんだ。このわたしが異常者を見破れないわけもない」


 三者三様に、学院長の二面性を見破っていた理由を語る。


 最後の一人は?


「フルーツは興味ありません。あの男が善人であろうが、悪人であろうが、関心などないです」


 何故驚かなかったか。


 それはあの男に興味すらなかったかららしい。


 そういえばこいつは、ずっと学院長には関わろうともしないな。


 全く誰に似たのやら、面白い成長をしているものである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る