挑発する案内人

 


 気が付いた時には、見知らぬ空間に移動していた。


 その場にはぼくたち十人、いや一人除いて九人が集められている。


 目の前には燕尾服を着た一人の老紳士が立っていて、その後ろには不審な二つの扉。


「ようこそおいでくださいましたな。これからは吾輩が取り仕切らせていただきますな」


 老紳士は大仰なお辞儀をした後、ぼくたちに笑いかける。


「こ、ここはどこだ?」


「何があったんだろう?」


「敵の魔法ですか?」


 それよりも事情を把握していない三人のクラスメイトがやかましい。


「シホ」


「任せておけ」


 面倒な説明はシホに任せて、ぼくは老紳士と会話をすることにした。


「つまり、あんたが敵ってことか?」


 ぼくは少しだけみんなより前に出て尋ねる。返答次第では、後ろにいる八人の獣を解き放つ気だ。


「勿論違いますな、貴方たちを海の底に堕としたものだと言えばわかりますかな?」


「つまりジャッジなんだから敵ってことだな? やっていいぞ」


「いえいえ、貴方は声を聞いていましたかな? 吾輩は敗北を認めて、魔法が使えない状態ですぞ?」


 老紳士は慌てたようにぼくの言葉を否定するが……。


「つまり、ぼくたちを攻撃してきてたくさんの生徒を殺したってことだろう?」


 やっぱり敵じゃないか。何も間違ってなんかいないだろう。


「だとしても、戦えない老人を九人がかりで虐めるのはどうなんですかな?」


「いやいや。いきなり襲ってきておいて、戦えなくなったから殺すななんて通らないよ。戦場なんだから老若男女なんて考慮にも値しないよね?」


 やっぱり敵なんてものは、潰せるうちに潰しておかないと。


「皆様、なんとかしてくだされ」


 老紳士は困った顔をして後ろの八人に視線をやる。


「ムゲン君、話が進みません。彼は何らかの意図があってここにいるのです。……と言うかどうせわかっているんですよね、イジメはやめてください」


 イジメとは人聞きの悪い。ぼくはただこの老紳士を潰した上で、進めばいいと思っているだけなのに。


「とにかく、お兄ちゃんはこっちに来てください」


「ああ、このわたしたちが構ってやるから」


「なに、止めろよ。この手を放せ!」


 ぼくはシホとフルーツに両手を掴まれて、部屋の隅に連れて行かれる。


 そして大人しく座って待つことになった。これからぼくの代わりはルシルが務めるらしい。


「不詳の弟子がすみません、ここからは私が。貴方はこの先の案内人と思っていいのですか?」


「ほ、ほほ。その通りです。本来ならばこんな場を用意せずに楽しむはずだったのですが、我々も残りの戦力は二人だけ」


「残り二人ですか? 貴方を除いてあるとして四人も既に、何があったのですか?」


 その言葉にこの場にいる、何人かがつまらなそうな顔をしている。


 まあ順当に考えれば同士討ちなどの理由が思い当たる、あるいは味方側の誰かが先走っているのか。


「わかりませんな、吾輩の様子見が終わった後に残り全員で一斉に攻撃したのですが。魔法を発動した時点で四人が即死したのです。原因など全くわかりません」


 老紳士の言葉に、ルシルがちらりとぼくを見る。心当たりなんて一つもないのでその視線はやめろ。


「そ、そうですか。現在学院には魂を奪う攻撃をされていますが、それが貴方たちの敵対勢力の攻撃だったのでは?」


「ほっほっほ、可能性は高いですな。確かにあの攻撃は不明で我々の攻撃ではない。ですが死亡した四人は自らの魔法を発動して即死したのですな。可能性は限りなく低いですが、四人ともに発動したルールを逸脱している魔法使いが、学院にいたのかもしれないですな」


 この老紳士の場合は半年間魔法を使えないだけのデメリットだったが、もっと強力なルールにしておいてクリアされたら即死するぐらいのものだったら、その説明は符号するだろう。


 問題は四人もの魔法で、とても困難なクリア条件を最初から満たしているものがいたのかということだ。


 ちょっと有り得ないと言ってもいいだろう。


 今度はシホがぼくに熱い視線を向ける。やめろと言うに。


「こほん、それで貴方は何をしてくれると言うのですか?」


 ルシルは話題を変えることにしたらしい。


「一つ面白い遊びを」


 老紳士は歪んだ笑みを浮かべる、それは紳士などとは名乗れないようなものだった。


「一方の道は確実に絶望して死ぬ終焉の道、そして一方の道は貴方たちが幸せを抱いて死ぬ慈悲の道。どちらを選びますかな?」


 何を言っているのかわからない、どんな結末だとしても死に至る道なんて選ぶ気はない。


「……成程、私たちが逃げないと分かって挑発しているのですね?」


 王者は挑戦を受けなければならない、そんなくだらないことを何回も言っていたな。


「それも間違ってはいませんな。ですがこれはただの運だめし、ジャッジに勝ちたいのならどちらの道も踏破しなければならないので、順番だけなのですな。それでも一つ目の道で全滅する可能性がある以上、貴方たちにとってはどちらかが正解だと言えましょうな?」


 簡単な方から終わらせる、難しいほうから終わらせる。


 そんなものはどちらが正解なんて言えるわけがない。


 簡単な方から終わらせれば、残りの困難の数が減る。


 難しいほうから終わらせれば、次を終わらせる自信に満ちているだろう。色々な勢いに乗ることで、次も突破できる可能性は格段に高くなっている。


 やはり何も変わらないのなら、この無力な老紳士を潰して先に進むのが正解なのでは?


「……不愉快だな」


 いかにこの二人から解放されようか考えていると、らしくもなく今まで一度も会話に参加しなかった学院長が、殺意に満ちた顔をして小さく言葉を漏らした。


 今のぼくは、この学院に来て一番と言える危機感を感じている。

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