フルーツの遺伝子

 


 ぼくたちが玉座の部屋に入ると、真っ暗だった部屋に明るい光が満ちた。


 その部屋の中は、ぼくが想像するような王が座っている、偉そうな空間などではない。


「へえ」


 十人ほどが着けるほどの、いくつもの大机が等間隔でこの広大な一室を満たしている。


 その上には一つの机につき、五つほどのフラスコが置かれている。


 そして、フラスコの中には色とりどりの光が一つずつ入っているようだ。


 おそらくは、これが魂なのだろう。


「フルーツは?」


「そこだよ」


 キリが指さした先は、入り口から最も遠い位置。


 この大広間の最も奥にある大机に、一つだけ置いてあるフラスコだった。


「おーい。来たぞ」


 ぼくはそのフラスコに声をかけるが、返答はない。


「無理だよ、今はフラスコの中にいるからね」


 キリが苦笑しながらそう言った。


「フラスコの中は、ワタシたちの世界とは完全に隔絶されている。少年の姿すら見えてはいないさ」


 よくわからないが、それほどに魂を保持するのは難しいと言うことか。


 この世界と少しでも関わってしまうと、消滅するほどに脆いようだ。


「だが、あまりのんびりしていると……」


「フルーツなら外に出てきてしまいますね」


 もっと大人しくしていればいいものを、まったく落ち着きのない奴だ。


「しかし、魂とは色とりどりだねえ」


 自分の魂はどんな色をしているのだろう。一度見てみたいものだ。


「ああ、これはあくまでもその魂の持つ魔力の色に過ぎない。本当の人格とかを表しているわけじゃないさ」


 なんだ、魂の色でその人物の本当の内面が判明する方が楽しいのに。


「さあ、そろそろ本当にフルーツを復活させようか」


 キリがその辺りの机の上に置いてあった、十センチほどの小さな人形に触れる。


 すると、その人形は大きくなり、ぼくぐらいの人間の姿になった。


 勿論、外見はマネキンのようなものだ。


「まさか、これをフルーツの体に?」


「その通りだ、これはワタシの魔法の一つでね。どんな人形でも人間に変えることが出来るのさ」


 人間だと?


 様子を観察すると、どう見てもマネキンなのに確かに自律呼吸をしている。


 胸がわずかに上下しているし、少々紅すぎるほどに血色も良い。


 眼を開いていないし、生命維持の最低限以外には決して体が動いていないのは……。


「まあ、これはまだ器だ。フルーツの魂が入っていない以上はこんなものだよ」


 それはつまり、人間は魂がなくても生命維持活動は出来ると言うことか?


 機能と言う意味では有り得ないこともないか。


「でもこれは明らかに、フルーツの外見とは異なるだろう?」


 このマネキンは人間の体と同じかもしれないが、外見は明らかに人形だ。


 人形でありながら、外見が明らかに人間だったフルーツとは対極的だ。


「フルーツの魂と適合すれば、その形に変化する。よしミルトよ、とっとと血液を寄越したまえ。もちろん少年もだ」


 いきなり血を寄越せと言われる、ぼくはお断りすることを即決した。


「何故ですか?」


「オマエは知っているだろう? 器を変える時には、その魂の情報を与えておく必要がある。あの子の魂は誰の遺伝子から作られているんだ?」


 そのことも、気になっていたのだ。


「ちょっと待て、ルシルはどうでもいいが何でぼくまで?」


「それはもちろん、フルーツにはオマエの遺伝子も含まれているからさ」


 ぼくはじろりとルシルを見る。


「ああ?」


「そんな目で見ないでくださいよ! フルーツの魂を作ったときに、私とムゲンくんの血液を使っただけです」


 それは十分に問題行為だ。


「何故そんなことをした?」


「単一の遺伝子では私のクローンが出来るだけだと言われまして、他に当てもなかったんです。それに私たちの師弟関係を強固にしてくれないかなあ、と」


 子はかすがいだとでもいいたいのか?


「だけど、さっきぼくの要素は全て消えたって」


「それが不思議なのだよ、多くの遺伝上を加えてしまうと確かに淘汰されて要素が消えることもあるだろうが、今回はオマエたち二人分の血液しか使っていない。本来なら確実に二人の要素が受け継がれるはずだったのだ」


 それが、一切なかったと。


「これはワタシの人生で初めての経験であり、失敗なのだ。是非調べてみたい」


「断る!」


 絶対に嫌だ、何を勝手なことをしてやがる。


「落ち着いてください、フルーツの復活のためには仕方がないじゃないですか!」


「どこが仕方ないんだよ、大体いつぼくの血液を採ったんだ!」


「ムゲンくんの魔力を図るときに、色々したじゃないですか!」


 ああ、確かに血液を採られたな。最初に計ったときから何度か試してみたっけ。


 全部失敗に終わったが。


「ぼくの要素がないんだから、必要ないだろう?」


「それはわからない、まだワタシたちが理解できていないだけかもしれないだろう? とにかくだ、オマエの要素が一切受け継がれないんだから、血液をくれてもいいだろう?」


「そうですよムゲンくん。一緒に生活をしていて自分に似ているなんて思ったことはありましたか?」


 言われてみれば、全くないな。


 ルシルに似ていると思ったことは数えきれないが。


「だからって人形にくれてやる血液なんてない!」


 ……いや、別にいいか。


「じゃあやってくれ」


 ぼくがいきなり方針転換すると、キリとルシルががくっと肩を落とした。


「ど、どうしたんですか急に。物凄く拒否していたのに」


「いや、条件反射的に嫌がっては見たものの」


 確かにぼくに害はないな。


 別に人形に偏見もないし。


 単純に勝手なことをされて、怒りを覚えていただけだ。


 フルーツには何も落ち度はない以上、復活できないのは可哀そうだろう。


 そのかわり、この二人には復讐することを心に誓った。

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