ルシルの敗北
その戦いは、凄かったとしか言えない。
なにせぼくの眼には、一切映らなかったのだから。
「ムゲンくん、失礼しますね」
城の端になんとか引っかかっていたキリが視界に入る場所にまで追いついたと思ったら、ルシルがそう言ってぼくの右手を放したかと思うと、直ぐに繋ぎなおして……。
その時には既に、キリは地面に倒れこんでいた。ついでに人形たちも一体残らず。
ついでと言えば、全員が体中ボコボコにされたようで着ていた衣服も、その髪なども真っ赤な血に染まっている。
その光景を見て、ぼくは漠然と時間でも止めたのだろうかと思ったのだ。
星の光なんてものを武器にしていたのだし、有り得るかも。
「さて、遺言はありますか?」
ルシルは冷たい眼をして、地面にクレーターが出来るほどの勢いでその後頭部を踏みつけた。
「特に、ないかな?」
キリは頭が砕け散らなかったことが不思議なくらいな衝撃を受けても、まるで痛みを感じていないかのように余裕を崩さない。
「それでは、死を受け入れているんですね?」
「ちっとも、それよりもこれで痛み分けにしないかい?」
「痛み分け?」
「オマエたちはワタシの子供にひどい扱いをした。ワタシは失言をしてしまった」
その二つは、釣り合っているのだろうか?
「ワタシたちへの攻撃は、まあいつものじゃれあいとして許してあげよう。どうかな?」
キリの言葉に、ルシルは足の力を強めた。キリの頭蓋骨がミリミリ音を立てている気がする。
「そんな話はしていませんよ、ムゲン君に謝るのか、と聞いているんです」
「痛み分けで、お互い様だって言っているだろう。これ以上の妥協は必要ないな」
「では、死になさい」
無慈悲な宣告、本当に殺してしまうのかと思われたその時……。
『待ってください!』
と、どこからか声が聞こえた。
どこかで聞いたことがあるような声だったが、ルシルの近くに漂っている白色の光のようなものが発しているようだ。
「この声は、フルーツですか? あなたまだ、魂のままなんですね」
ルシルは一瞬だけ驚き、直ぐに状況を把握したようだ。
そういえば、こんな声だったな。
『キリを殺さないでください。これでもフルーツの創造主ですし、死なれたら復活できなくなってしまいます』
「……どういう意味です?」
『見ての通り、フルーツはまだ魂のままです。肉体に定着させるにはキリの力が絶対に必要なのです』
つまり、殺してしまえばフルーツはこのままだ。
別にいいと思っていると、ルシルがため息をついた。
「仕方ないですね」
ようやく、キリの後頭部から足をどかす。
『それに、キリは殺したぐらいでは滅びませんよ。フルーツのように違う体に魂を移動させるだけですから』
「あ!」
ルシルがキッ! と音が鳴りそうな強い視線でキリを睨んだ。
キリは服の埃をはたきながら、余裕そうに立ち上がった。
「まあ、そういうことだね」
『それに、初めからキリは痛覚を遮断していましたよ。多少の引け目を感じている元マスターを苦しめようと派手に血を出したり、苦しい表情をして楽しんでいたんです』
「は?」
ルシルの視線がさらにきつくなる。さっきから隣にいるのでその顔が視線に入るのだが、なかなか面白い百面相だ。
いや、普通の人間と比べれば大して変化をしていないが。
「つまり、痛めつけても殺しても何の意味もなかったわけだ。これはルシルの負けかな?」
ぼくがまとめるように、そう評した。
「待ってください、私は遠慮していただけで本来なら魂ごと消滅させることもできましたよ!」
ルシルが必死になって言い訳するが、キリが簡単に否定する。
「無理無理。この世界にはまだ、魂を本当に消滅させる技術はないからね。魂への干渉はそうだな、せいぜい何かに閉じ込めたり、違う器に入れ替えるぐらいしか出来ないよ」
成程。たとえどんな手段で生物を殺しても、死んだのは肉体だけで魂は殺せていないと。
故に、輪廻転生や死後の世界なんて説があるわけか。道理だな。
「さて、見苦しい言い訳はもういいかな? 我が子、フルーツだったかな? オマエはまだ魂のままなんだから外に出ていると消滅してしまう。フラスコに帰りなさい」
「そのほうがいいですね、私たちも直ぐに行きますから戻ってくださいね」
『……わかりました、くれぐれも争いの続きをしないように。あなたたちのどちらが欠けても、フルーツは復活できないですからね』
言いたいことだけを言って、青い光はふっと消えた。
フラスコとやらに戻ったのだろう。
「さて、うるさいミルトは置いておいて。悪かったね少年、実は本当に怒っていたわけじゃないんだ。簡単なテストだったんだよ」
「テスト?」
「そうだよ、いろいろと試してみたくてね。なにしろ我が子のマスターなんだから、人となりが気になってもおかしくはないだろう?」
ぎゃあぎゃあとルシルがうるさい。
そんなことだから、本人にも創造主にも元マスター扱いされるのだと、はっきり伝えてやりたくなった。
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