いつもと違うルシル
それにしても長い廊下である。
何度か城の中に入った経験はあるが、それらと比べてもあまりにも長く、なによりも道の途中に一つたりとも、部屋のようなものが存在しないのだ。
こんな構造の建物は存在しないだろう、一部屋がどれだけの大きさだと言いたいのだ。
外から眺めてみた感じでは、そこまでの巨大さなんてなかった。
「ムゲンくん、わかってますよね?」
曖昧にも程がある言葉だが、言わんとすることはわかる。
「当然だとも」
それでも間違えたら嫌なので、ルシルに曖昧に返事をした。
「それで、これは?」
さらに、こちらからも曖昧な質問をしてみる。
「あの女は典型的な愉快犯でして、人を試すようなことをするのです」
学院長みたいなやつだということか? ぼくとは気が合わないこともなさそうだ。
「以前はこの状態から、城中に仕掛けられてあるトラップが作動しました、魔力を無効化するものが多くて大分苦戦した記憶があります」
「それならどうやって解決したんだ?」
「一度外に出て、この城の六割ほどを大規模破壊しました」
当然のようにルシルはそう言った。
なんだかなあ、今日のルシルは別人みたいだ。
キャラが違うと言ってもいい。
「あのさあ、なんでそんなに過激なの?」
本音はともかく、いつものルシルは優等生だ。
常に冷静で、出来るだけ平和に物事を進めようとする。
不器用なのは間違いないが、それでも争いを好まない性格だと思っていたのだが。
……まあ、あくまでも外向けの性格として、だが。
「ムゲンくんは知ってますよね、所詮私は田舎の小娘ですから。一皮むけばこんなものですよ」
「それはわかりきっている」
問題は、何が原因で一皮むけてしまったかと言うことだ。
ずっと一緒にいたが、別にルシルが怒るようなことはなにもなかったと思う。
その理由を正確に把握しておかなければ、その被害がぼくにも及びかねないと思うのだ。
身の危険を感じたら、一人だけとっとと逃げるために詳しい話を聞きたい。
「別に複雑な理由など、なにもありません。ただ単純に私はキリが嫌いなんですよ」
「へえ」
それこそ珍しい、ルシルが誰かを嫌っているなんて初めて聞いた。
基本的に自分のことだけで精いっぱいで、他人のことをどうにか思う余裕なんてないと思っていたのに。
「興味深い話だ、どういうところが嫌いなの?」
「表面的にはたくさんあります。愉快犯なところも、馴れ馴れしいところも気に食わないです。でも実際にはその存在の全てが気に食わないんです」
深い理由など一つもない、ただただ嫌いなのだと。その存在が許せないのだと。
「友達じゃなかったっけ?」
「まあ、そうですね。友人ですよ、でも嫌いなんです」
また複雑なことを言い出した。まあ、人間の心が複雑怪奇なことは知っているから、そんなにおかしいことでもないのかな?
「それなら何でここに来たの?」
他の誰かに頼んでも良かっただろう、そうすればぼくも自由だったのに。
「一番はフルーツのためですが、本当に腹が立つことに私とキリは存在が惹かれあうのです。故に避けることが出来ないのですよ」
存在が惹かれあうとはどういうことだろう、自分の意志など関係なく、出会ったり関わったりしてしまうと言うことだろうか。
それにしても、よくわからない言い方だ。
「ああ、ムゲンくんは大丈夫ですよ。私たちを含めて、そういう運命を持ち合わせてなどいないでしょうから」
そんな心配はしていなかったが、なんて失礼な言い方だ。
まあ、人生一期一会主義のぼくからしたら、その言葉は幸運だ。
そう、人生で一度でも会った人間には、二度と会う必要はない。
この身の不運により、破られっぱなしの主義だがそれでもぼくの座右の銘だ。
「まあお前が何を思おうともどうでもいい、それよりも楽しいトラップなんてなにもないね」
「確かにそうですね、でも油断してはいけませんよ。必ず何かを企んでいますから」
「むしろ何かが起こってほしい。見てくれよ、廊下の先が見えないんだぞ?」
「……まあ、企むと言えばこれが企みなんでしょうね。完全に異空間に迷い込んでます」
今度は異空間ときたか、何故修理に出した人形を引き取りに行くだけで、こんな目にあうのだろうか?
とは言って、ここまで来てルシルの家に戻るのも面倒だ。
それに空の旅は思ったよりは面白かった、その礼として最後まで付き合ってもいいだろう。
まあ危ない目に遭っても、ルシルがいればどうにかなるだろうし、駄目だったら大人しく諦めよう。
「でも、もうすぐだと思いますよ」
「なにが、出口?」
「ええ、あの女は演出家ですからね。あまり客を待たせるなんてプライドに障るはずです」
効果的な演出、効果的な自己紹介に、引っ張りすぎるなど許されない。
その心がお見通しだと言わんばかりに、ルシルはそう断言する。
「流石、わかっているじゃないか。流石は我が友だ!」
タイミングを見計らったように、いや実際に見計らって声を響かせたのだろう。
姿は見えないが、ようやく序章が終わり第一幕が始まるのだと、ぼくは理解した。
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