曇りなき答え
その声はハスキーと言える。
中性的と言うか、少年的と言うか。
こんな広々とした空間に響かせるには、あまりにも耳障りな声だった。
「あなた、タイミングを見計らっていましたよね。私たちの会話を聞いていたんですか?」
ルシルが険のある声で、そう問いかけた。
「勿論だとも、いやでも本当はもっと早く声をかけるつもりだったんだよ。だけどワタシの話題みたいだったからね。つい聞き耳を立ててしまったのさ!」
恥じることなど一切ないと言わんばかりのその言葉、自分の噂をされると喜ぶ人間と、嫌がる人間がいるがこの声の主は前者のようだった。
「そんなことより、さっさとフルーツの元に案内をしてください。用事を済ませて早く帰りたいのですから」
「……断る!」
さっきまでの愉しみを含んだ声ではない、隔絶とした意思を感じる拒絶だった。
「なんだ、これ?」
周りの光景が変化している。広大な廊下には変わりがないが、その場所には何もなかったはずなのに今では何十人もの人間がぼくたちの周りを囲んでいた。
いや、あまりにも精巧な外見から人間だと思ったが、この場所、この相手を考えると……。
「なんのつもりですか、自分の作品たちを自慢したい気持ちはわからないこともないですが、残念なことに私たちは興味がありません」
「それは残念だねえ、ああとても残念だ。でも今の目的はそんなことじゃない、君たちに死んでもらおうと考えているのさ!」
その言葉をきっかけにして、大勢の人形たちはぼくたちに襲い掛かる。
魔法でないようだが、その手には様々な武器が握られていて、もちろん刃が付いている。
ルシルはぼくを背中に隠し、左手の親指から淡い光を生み出す。
その力は結界のようなものらしく、ぼくたちを様々な攻撃から守っていた。
相手の意志が上手く読み取れず、まだ反撃する意思はないらしい。
「悪ふざけもいい加減にしなさいよ、なぜこんなことをするんですか?」
だが既にかなりの怒りをため込んでいるらしく、全ての人形を城ごと一掃しそうな声を出している。
「わからないだと、ふざけたことを言うじゃないか。オマエたちは、ワタシの子供にどんなことをしたのかな?」
声の主は意味の分からないことを言い出す、どんなことをしたもなにも、毎日迷惑をかけられていただけだ。
それなのに、ルシルはギクリと体を震わせて、まるでこちらに非があるかのように、おそるおそる返事をする。
「いえ、その。それはあの子の自由意志と言うか? ムゲン君を大事に思う気持ちの暴走と言うか?」
「ほう、オマエたちはその命を犠牲にして自爆させるさせたことを何とも思っていないとでも言うのかな?」
……、……、……ああ!
そういえばそんなこともあったっけ。
それでフルーツはここにいたんだったなあ。
ぼくが古く、そして既に終わっている出来事を数日ぶりに思い出していると、ルシルが弱々しく反論をする。
「そ、それは申し訳なく思っていますよ! でも仕方ないじゃないですか、私はその場にいなかったし、まさか魔力を暴走させて自爆するなんて思いませんよ!」
「仕方ないですませるつもりか? あの子がホムンクルスでなければ、帰らぬものになっていたんだぞ! そんな奴らの元に、可愛い我が子を預けることが出来る物か!」
その怒りの声に呼応するかのように、ルシルの言葉も強くなっていく。
「元々は、あなたが無理やり私に預けたんでしょうが! それにあの子の魂は私が元になっているんですよ、いつまでも母親面しないでください!」
おっと、聞き逃せない面白い言葉が聞こえてきた。
「黙れ! ワタシはあの子を兵器ではなく、人間のように育ててほしいと言ったはずだ! 大体、あの子の魂は、オマエとそこの少年から出来ているはずだろうが!」
さらに聞き逃せない言葉が聞こえた、一体どういうことか詳しく聞かねばなるまい。
「もっとも、失敗して少年の要素が全て消えてしまったので無関係ではあるが、今のあの子を育てているのはその少年なのだろう?」
「まあ、そうですね。私は忙しいので……」
「ならば少年に話を聞きたい! オマエはあの子をどう思っているのだ!」
どうもこうもないだろう?
「人形だろう?」
「ム、ムゲン君! そこはせめて妹のように想っているとか!」
そんなことを言われても、確かに外面的には兄と呼ばれているが、実際にはそんな風に思ったことなどない。
ぼくからすればあいつは出会ったときから、今の今までルシルに押し付けられた人形でしかない。
護衛だとか自称しているが、イマイチ役に立たなくて、ぼくよりも人間らしい感情を持っている人形だ。
「ぼくにとって、フルーツは……」
「あの子は?」
「……なんだろう、ルシルの所有物? あるいは妹みたいなもの?」
それが正直な感想だった。
「どういう意味だ? オマエにはなんの関係もない存在だとでも言うのか?」
「ああ、それはいい表現だ。その通りだと思うよ」
普通の人間なら情が沸くほどの期間を一緒に過ごしたことは知っている。
ルシルやフルーツが家族のような関係を求めていることも知っている。
でも、それは知っているだけで……。
ぼくにとっては何ら関係がない、ただ目的のために傍にいる同居人でしかないのであった。
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