幕間12

 


『今日はすごく大事な日、面会の時間は午後一時なので絶対に遅れないようにしてくださいね』


 朝一番でルシルにそう言われたが、まったく心に響いていなかったぼくは、日当たりのいい校舎の屋上で、のんびりと昼寝をしていた。


「どうしよっかなあ」


 既に時間から一時間も遅れている、面倒なのでこのままサボりたいが、逃げたと思われるのもそれはそれでしゃくだ。


「うーん」


「あの、お兄ちゃんはこの体勢に思うことはないのですか?」


 少しばかり不本意そうな声が、枕にしているフルーツから発せられた。


「特にないなあ」


「別にフルーツを枕にするのは構いません。でもそれなら太ももに頭を乗せるのがセオリーでは?」


 今の状態を説明すると、まず地面にシートを引き、その上にフルーツを仰向けに寝かせ、そのお腹を枕にしてぼくが寝ている。


「ああ、気にすることはないよ。お前は成長期なんだから」


「それは、フルーツが太ったと言いたいのですか?」


「言いたいんだよ」


 太ったかどうかは知らないが、お腹が柔らかいのは確かだ。


「訂正を願います。ホムンクルスが太ることなどあり得ませんよ、そういう風に設計されているのですから」


 なんでもフルーツを作った魔法使いは完璧な美を求めているので、年齢に応じた身長、体重を明確に設定したらしい。


 故にどれだけ食べたり飲んだりしても、決してその数値が変わることなどないと力説された。


「へえ」


 余談だが、魔法使いにとってダイエットはほとんど不可能に近いものらしくたった一キロどころか、数グラム増えるだけで大騒ぎらしい。


 魔法使いにとっての栄養、カロリー消費は大変で、全ての魔力を消費しなければ脂肪を燃焼しない。


 魔力とは、魔法使いを変わらぬ姿に留めるものであり、多ければ多いほど寿命が長く、若い時間も長い。


 その理由は体を構成する物質を消費させないからだ。それは細胞から脂肪まで、全ての要素の消費を遅らせる効果を持つ。


 故に、その消費を遅らせる力を持つ魔力を全て消費しなければダイエットは出来ない。


 だが、魔力がなくなれば日常生活すら困難になるほどに体が動かなくなるので、地獄らしい。


 まあ、それと同時に食べたものは脂肪になる前に魔力を作るために消費されることが多いので、太ることも少ないらしいのだが。


 ルシルのような魔力が多い人間ほど、ダイエットは難しいと言うことだ。


「見つけましたよ!」


「おお」


 ルシルの大変さを頭に思い描いていると、本人が目の前に現れた。


「お疲れ様です」


「な、なんですか突然。敬語なんて似合いませんよ?」


 ぼくの敬意に驚いたルシルは、若干の怯えを見せた。


「そんなことより、約束の時間はとっくに過ぎていますよ! なにをしているんですか?」


「寝ている」


「……フルーツ! ムゲンくんを引っ張ってきてください!」


「了解です」


 何を思ったか、珍しくぼくよりルシルを優先したフルーツは、ぼくを引きずってルシルの後を追った。



 ★



「どうも」


 学院長はいないようだが、面会場所は学院長室だった。


 部屋の中のソファに座っているのは一人の男、数えるほどしかあったことはないが、血縁上の父親に当たる男だった。


「ムゲン、何をやっていたんだ?」


 開口一番、文句を言ってくる。


「それは難しい質問だ、強いて言うならば哲学的な模索をしていた」


 ぼくは口元に手を当てながら、真面目に回答をする。


「……相変わらず真面目な顔をしてふざけたことを、何も変わっていないようだね」


「ああ」


 ぼくは断言する、何故ならば変わる理由がないからだ。


 ぼくは男の対面のソファに座り、隣にルシルが、そして後ろにはフルーツが立っている。


 その時、ノックの音が響いた。


「失礼する」


 現れたのはシホだった。何をしに来たのだろう。


「君は?」


「失礼、分家の神崎死歩だ」


「ふむ、君のことは知らないが、察するにムゲンを育てた分家の人間かな?」


「その通りだ」


 やはりというかなんというか、この男は分家のことはなにも知らないらしい。


「いいだろう、座りたまえ」


 シホはぼくを中心にルシルとは反対側に座った。


「で? 何の用だ。こっちはあんたに用はないんだが?」


「親に向かってなんて言い方だ」


「そういう話は意味がない。わかっているだろう?」


 お互い、そんなことに関心もなければ価値も感じていない。


 ただ自分の優位性を表したいだけなのだ。


「僕がこの学院に来た理由は、もちろん藤崎宗次くんの死が原因だ」


「それで一人で来たのか? あの人は? 宗次の親は?」


「奥は君に会いたくないと、藤崎は先に遺体を見に行っているよ」


 まあそんなところだろうな、宗次の親は知らないが、あの人のぼくに対する嫌悪はこの男の比じゃない。


 あれでよくもイギリスの話をした時に、同席できたと感心したものだ。


「言い分はあるかい?」


「どういう意味だ?」


「神崎家の盟友である、藤崎家の次期当主を救えなかったことに対する言い分さ」


「ふむ、ぼくに一切の非はなく、また恥じることもない。以上だ」


 空気の温度が下がった気がした、こっちもケンカ腰だが向こうもケンカ腰。


 争いの気配が室内に強烈に漂っている。

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