幕間11
あれからのことは、ルシルがちゃんと決着をつけた。
詳しくは聞いていない、でもルシルが家に戻ってきたのは夜中だった。
次の日、ルシルは学院を休んだ。でも、不思議なことにぼくは一緒に休まずに、ちゃんと学院に通うことにした。
ルシルのことはフルーツに任せて、ぼくはシホのところに向かったのだ。
★
「なんだお前、今日は随分と不機嫌じゃないか?」
シホの自宅兼研究室に入ると、開口一番そんなことを言われた。
「まあな、もうルシルもフルーツも辛気臭くてたまらない」
心の中でどう思おうとも勝手だが、ぼくにわからないようにしてほしいものだ。
「もう一晩経ったんだ、そろそろ心の整理を済ませてすっぱりと忘れればいいのにね」
起こったことは戻らない、それはどこの世界でも変わらない。
そんな後ろ向きなことでどうするのだろうか。
「このわたしも事情は知っているよ、でも許してやることだ。誰しもがお前のような異常者ではないのだからな」
「別に、ぼくは異常者と言うわけじゃない」
「そんなことはわかっている、だがきっとわかっている人間はこのわたしを含めても、世界に十もいないだろうさ」
妥当な評価で腹が立つ。
「さっきも言ったが、このわたしは色々と情報を持っている。一応は聞いておけ」
ぼくはソファに座り、話を聞くことにする。
「端的に言うと、たった一月たらずであれだけ焦るなんておかしいと思わないか?」
「思った、でもそれは貴族派の襲撃のせいだろう?」
学生寮の襲撃事件、被害者は宗次だ。
「確かにな、だが決定的な理由は自分の怪我ではなく、同室の人間の怪我だ」
成程、重症の人間はルームメイトか。
「目の前で親しい人間が怪我を負い、本当の意味で身の危険を実感したのだろう。そして、その心の隙を貴族派の連中に付け込まれた」
『もし、お前がルーシー・ホワイミルトの魔法を一つでも覚えることが出来たのなら、今回の侮辱は取り消してもよい』
そんな言葉を囁かれたらしい。
魔法使いは力を求める、力とは具体的に強力な魔法を指すことが多い。
世界最高の魔法使いを敵に回しているのだ、その力を奪い自分たちのものにしたいと思うのは、至極合理的だった。
「もっとも、本当に助ける気なんてなかったろうがな」
言ってしまえば、宗次はとっくの昔に詰んでいた。
安全なはずの学生寮への襲撃、実家を頼ることも、学院から出ることも死が待っている。
そして……。
「このわたしが聞きたいのはただ一つ、ルーシーはどう動く?」
それは、自らの弟子を追い込んだ貴族派の連中をどうするのだという疑問。
その言葉に、ぼくは残酷な現実を返すことしか出来ない。
「別に、何もしないよ。あいつはどうせ、ね」
世界最高の魔法使いであるルシルと、魔法使いの世界に多大な影響を与える貴族派。
どんな戦い方をしてもルシルの圧勝だろうさ、直接な戦いから、政治的な戦いまで。
それでも、ルシルは何もしない。
「結局のところ、あいつは冷静な計算をしたんだよ。可愛い弟子の一人と、魔法社会の秩序の一部を秤にかけてな」
勿論厳重な抗議などはするだろうが、そんなものはいなされて終わりだ。
結局はルシルも魔法社会に相応しい人間だと言うこと、どれだけ弟子が可愛くても、大きな秩序に逆らう気はない。
……いや、違うな。本当に魔法社会に相応しい人間だったら弟子のために世界くらい滅ぼすか、力こそが全ての世界なのだから。
少なくても、あの学院長ならやるだろう。
総評すると、ルシルは冷静な計算をする普通の人間と言うところかな。まったくもって中途半端だ。
「本当に情けない師匠だ」
「そう言ってやるな。それに、おそらくだがルーシーはお前のためなら世界をも敵に回すと思うぞ」
「はあ? なんで?」
「それは、お前のことがとても大事だからさ。と、言ってやりたいが、お前の言うところの冷静な計算と言う奴だ。才能のない魔法使いなら諦めても、お前のような奇跡の産物なら世界より価値があると思うだろう。だからまあ、安心しろ」
その計算ならわからないこともないが、安心とはどういうことか。
「ぼくはあいつに守ってもらおうなんて、思ったことはないよ」
いざとなったら一人で逃げる。
「そうか、まあ軽い前置きはここまでだ。……あの人たちが来るぞ、お前の両親だ」
なんだか重苦しくシホはそう言った。
「それがなんだ?」
意味が分からない。
「そもそもの話、分家であるこのわたしたちは藤崎宗次なんて知らなかった。本家とはほとんど絶縁状態だからな」
そんなに仲が悪かったのか。
「だが今回は珍しく連絡が来てな、今回藤崎宗次が死んだ件は無限に責任があると思っているようだ。その追及に、早速明日来るらしい」
「なかなか面白い話だ、でもなんでシホの所に連絡が来たんだ?」
「お前ね、用意された家をほったらかしにしてこの学院にいるんだろう? 連絡の一切が繋がらないと激怒していたぞ」
「ああ」
そういえばそうだった。持っているスマホも実家とは一切の繋がりなく手に入れたものだし、連絡も全くしていない。
こっちも向こうに興味がないし、向こうもこっちに興味がないとわかっていたからだ。
「それで、そろそろ凄い情報を聞かせてくれよ?」
さっきからつまらない話ばかり振ってきてウンザリしてきた。
「これが重要な話だ! お前な、もし向こうが絶縁とか言ってきたらどうするんだ?」
どうすると言われても……。
「もともと絶縁されているようなもんだろう? 生まれてからすぐにお前らの家に送られて、実家に戻ってもこの学院に送られて」
あの連中を親だとも家族だとも思ったことなんてない。
「……そういえばそうだが」
「まあ話はわかった。要するに逆恨みをされているんだろう? ぼくには落ち度も恥じるところもない。あの人たちが来てもなんの問題もないさ」
ぼくはそう言って、ソファから立ち上がる。
さて、エキトの所に遊びに行こう。
我が師匠が役に立たないのはよくわかっているし、役に立つ人間を頼るのだ。
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